一時間後・・・
「そんな切り方をするやつがあるか!」
「いいじゃねえか!煮えりゃあなんでも!」
「よくない!人参は乱切りにしないと味がしみないのだ!」
厨房の口論はまだ続いている。
が、論点がだしから野菜に移っているので、一応、進行はしているようだと、メインルームに退避している一甲と吼太は判断した。この調子なら日付が変わる前に夕食を始められるかもしれない。
「すまんな、吼太」
ぼそりと一甲が言った。仲間とはいえ今日の吼太はあきらかにとばっちりを受けた立場だ。
「いいって、いいって・・・苦労するよな、兄貴って」
自らも兄の立場である吼太は一甲に同情的だ。
(よかった・・・妹が鳴子で・・・)
口には出さないが吼太の本音である。
がしゃーん!
また派手に何かが壊れる音がした。
「・・・今度は何が壊れたんだろうな」
二人とも駆けつける気はもはやない。一鍬と鷹介の意地の張りあいは片が付くまで放っておくに限るのだ。
「・・・片づけはあいつらにやらせなくてはな」
今日の後片づけ当番は一甲と吼太だが、イレギュラーな汚れは当番の範疇には入らないはずだ。
そう目と目で頷きあう二人だった。
その後も、「調味料を計れ」「味見には皿を使え」など一から十まで怒鳴り散らす一鍬とそれに一々反論する鷹介の攻防は一時間以上続いた。
だが、ついに。
「できたー!!」
ひときわ大きな鷹介の声が響き渡った。
すっかり諦めて半分居眠っていた一甲と吼太は慌てて厨房に駆けつけた。
「あ、一甲、吼太。見てくれよ、オレの自信作」
胸を張って鷹介が指さす先には大きな煮物鉢にきれいに盛りつけられた肉ジャガ。
しかし、駆けつけた二人にはその出来栄えよりも部屋と調理人の惨状の方が衝撃的だ。ある程度覚悟はしていたとはいえ、この惨状は想像をはるかに超える。
シンクに積まれた野菜くず等のごみ。床に散乱する鍋の蓋や割れた皿。
一鍬と鷹介の髪はぐしゃぐしゃ、エプロンは染みだらけで、顔にも調味料とおぼしき液体がこびりついている。
だが、“兄”の肩書きを持つ二人は寛大だった。
「がんばったな、鷹介」
「ご苦労さん、一鍬」
まずは二人の健闘を讚えてやることを忘れない。
「へっへ〜ん、オレだってやりゃあ出来るんだ。これでもう、文句はないよな、一鍬」
得意満面で鷹介が言った。
「さ、みんなで喰おうぜ。オレ腹減っちゃって」
と、鷹介が持ち上げようとした鉢が一瞬早く宙に浮いた。
「ん?なんだよ、吼太」
「食事はまだだよ」
「なんで?」
「この惨状をなんとかしてから、な」」
「え?惨状って・・・うげっ」
吼太の指さすシンクの方を振り返って鷹介は絶句した。今まで気づいていなかったらしい。
「いつの間に・・・」
呆然と呟く一鍬もご同様のようだ。
「一鍬、片づけは調理と同時進行でやれと教えたはずだな」
一鍬の背後に立つ一甲の声はこころなしか低い。
「う・・・兄者、しかし・・・」
「言い訳はするな」
「うっ」
「まあ、今日は生徒の反抗的な態度も一因であるから・・・こら、鷹介、逃げるんじゃない!俺と吼太も手伝ってやるからさっさと片づけろ」
「え〜っメシ喰ってからじゃダメ?」
鷹介、必殺の上目遣いお願い攻撃。
だが、いつもなら効果てきめんのそれも「兄者モード」に入っている一甲には効果がなかった。
「メシが喰いたければさっさと動け!」
腕を組んで仁王立ちの一甲に誰が逆らえるだろう。その手にはしっかりと雑巾が握られている。
「はいはい、鷹介は箒持って。一鍬はごみを集めてくれよ」
てきぱきと指示する吼太にも逆らえず、鷹介と一鍬は戦後処理にとりかかった。