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「げー、この中から探すのかよ」
眼下を埋め尽くす群衆に、天馬はうんざりしたように言った。
口にこそしなかったが隣に立つ伝通院も同じ気持ちだった。
天馬を挟んで反対側に立っているロギアはどう思っているのかわからない。
ここは都心から少し離れた巨大ショッピングモール。
彼らが立っているのはその中央広場にそびえ立つ展望タワーの展望室だ。本日混雑のため本来は立ち入り禁止となっているため3人の他は誰もいない。
だが眼下には天馬たちをうんざりさせている元凶、ここで開催されている「史上最大のバレンタインイベント!」に集まった群衆がいた。主催者側の発表では正午現在の入場者数は3万人を超えているという。
その蠢く碁石のような人の群れから彼らは今日の騒ぎの張本人、ユウヒとロボット兵士を盗み出し破壊行為を行ったインパクター星人と国防隊員の二人を捜さなければならない。
「ほんとにここにいるのかよ」
双眼鏡をのぞき込みながら天馬が口をブツブツと文句を言う。
気持ちはわからないではないが、隊員の持ち出した銃のGPS情報がここを示している以上ここから調べるしかない。またユウヒの向かっていた進行方向へ直線を引くとここになることから、彼らがここで何かをしでかそうとしていると考えるのが普通だ。
「ったく、なにが“史上最大”だよ。浮かれすぎだっつーの」
「確かに、地球人の考える事はよくわからん」
同じように下を見下ろしながらロギアが答えた。
「このようなことが人生の一大事だなどとは・・・危機意識がないにもほどがある。揚げ句はそれを理由に星の守りにつく者が破壊行動に出るだなど、インパクター星では考えられんな。しかも銃殺ではなく捕獲だと。生ぬるいにも程がある。ベルゼウスが征服するにたやすしと思ったのも無理はない」
「言ってくれるよ」
天馬が口をとがらせた。
だが、事件を起こした国防隊員(36歳独身)の行動理由が「この“恋人たちのスペシャルデー”に相手がいなくて悔しい!(注:天馬による要約)」だというのだからロギアにあきれられても致し方ないものではある。
さらに先般、異星人の襲来を受けながら、国防省がこれといった防御を取っておらず、インパクター星人の犯罪者に侵入を許したこともロギアには信じられないくらい間抜けに見えるようだ。
「しゃあねえじゃん。国防省も予算たりねえらしいし。御薗木さんも沖田さんも苦労してるみたいだぜ」
「そこがわからん。軍備は最重要項目だろう」
「んー、そこんとこ難しいんだよなー、なあ洸」
「ん?」
急に話を振られて伝通院は慌てて双眼鏡を放し天馬の方を向いた。
「どうしたんだよ、洸。さっきからずーっと黙ってんじゃん」
「そうか?いや、これに集中していただけだが・・・」
伝通院はわざとらしく双眼鏡を指した。
本当は嘘だ。
双眼鏡を覗くふりをして天馬とロギアのやり取りに耳をそばだてていた。
ロギアが信用できないわけではない。事態の緊急性や重大性もわかっている。この群衆に紛れた異星人のテロリストと暴走した国防隊員がどこにいるのか、何をしでかすかわからない状況なのだ。
それでも、と伝通院は心の中でため息をついた。
(子供じみた独占欲、なのだろうな・・・)
天馬とロギアの間に恋愛感情など多分、ない。
それでもロギアと楽しそうに話している天馬を見ると少々気持ちが波立つのは否めない。
かといってあの一甲という男のようにそれを表に出すことはできない。
メスを握れば神の手とも噂される器用さを持ちながら、伝通院洸は実に不器用な男であった。
そんな伝通院の心情を知ってか知らずか天馬もおしゃべりをやめ、双眼鏡を覗き始めた。
伝通院もそれに倣う。
同じようにこの群衆のどこかで捜索をしている二人の忍者のほうがおそらくは適任なのだろうが、かといって、ではよろしく、というわけにもいかないだろう。

一方、その忍者たち二人。
一甲と鷹介はごったがえす群衆の中にいた。
人と人のわずかな隙間を風のごとくすり抜けながら、脳裏に焼き付けたインパクター星人と国防隊員の顔を探す。ただしインパクター星人の方は地球人擬態形でないのであまり役に立たない情報だ。ただカップルだらけのこの場所に男の二人連れはそぐわないはずで、その異質さが手がかりだ。
もちろん一甲と鷹介も同じ立場だが(彼らの場合正真正銘恋人同士だと考えると少々ややこしい)、忍びの技で移動する彼らを気にかける者はいない。
「鷹介、なにを怒っている」
滑るように移動しながら、突然一甲が訊いた。もちろん“忍びの会話”だから誰にも聞こえはしない。
「別に怒ってないけど」
「風が乱れているぞ」
ふっと鷹介が立ち止まった。そこは建物の影になっていてちょうど人込みの中のエアポケットのような場所だった。
一瞬遅れて一甲が隣に立つ。
「どうした?」
「なんかさ、おまえだけカッコ良かった感じ」
「?」
ボソっと鷹介が言った言葉に一甲は面食らった。なんのことかわからず沈黙すると鷹介がふうっとため息をついた。
「別にたいしたことじゃない。オレが勝手に気にしてるだけ・・・なんかまた差アつけられちまったなーって」
「・・・すまん、わかるように説明してくれないか?」
どこでどうしてどんな差がついたというのだろう?
確かにトップクラスの忍術や戦術ではまだ多少なりとも一甲が勝っているが、鷹介もこのところ格段に腕を上げ、一甲を内心ヒヤリとさせているのだ。今とて気は乱れているが術は完全だった。
「さっき。おまえとあのロギアってやつとで話つけちゃってさ。オレたちおいてけぼりでさ・・・や、その、あの場合あれでいいんだけどさ・・・あー、もう!こんなふうに思うオレがイヤ!!」
ガシガシと髪の毛をかきむしる鷹介。その態度があまりにかわいくて(注:一甲視点)思わず一甲は頬を緩めた。ミッション中でなければこのままどこかにさらっていってしまいたいところだ。
「そうか。事が急を要するようだったので勝手に進めてしまったが気を悪くしたなら以後気をつけよう」
揺らぐ理性を精神力で押さえつけ一甲はもっともらしくうなずいた。
が、鷹介はブンブンと首を横に振った。
「気をつけなくていい!お前は悪くない。オレが未熟なだけだし!それにオレお前のそういうトコ、尊敬してるし・・・その、す、好きだし・・・」
そう言って真っ赤になってしまった鷹介に今度こそ一甲の理性は警戒警報状態である。
ちょうどそこが人込みの死角なのをいいことに、グイと鷹介を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと待て、一甲」
「俺もお前を愛している」
ささやきながら一甲の唇が近づいてきて、鷹介は真剣にうろたえた。
「い、一甲、人が・・・」
言い終わらないうちにキス。触れるだけのキスだが鷹介を黙らせるには十分だ。
「俺は見られても構わんぞ。いっそ、アレに出るか?」
「アレ?」
きょとん、とした鷹介が一甲の指さすほうにはなにやらド派手な看板。
「飛び入り大歓迎!キスマラソン大会!!」
ハートが飛び交う大看板にはそう書かれていた。
「げっ・・・え、遠慮しとく・・・・・」
体がもたないと鷹介は思った。自慢ではないが自分はキスに弱い。普段でもあっという間に足腰立たなくなるのに、何時間も続けたらどうなるのか、恐ろしくて想像も出来ない。
「そうか?優勝する自信はあるぞ」
そんなもん、なくて結構!と鷹介は心の中で叫んだ。ここはさっさとミッションに戻るに限る。
「お、お仕事お仕事!早く見つけないとホントにしゃれにならねーよ!」
そう言って鷹介は再び人ごみに飛び込む。
一甲はクスリと笑うと素早く忍びの顔に戻りその後を追った。

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