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「バレンタインかあ・・・」
目の前のコンビニの垂れ幕を見て、弓道天馬は呟いた。
格別にモテるわけではないが、それなりに人気者だった彼にとってはやはりそれなりに楽しい年中行事の一つだった。
去年までは。
しかし今年はそうでもない。
もちろん、今年もちゃんと同僚のマキちゃんからチョコレートをもらってはいるが・・・たとえそれが「義理です」と念を押された上に直人の分も押し付けられたのだとしても、ちゃんともらっているのだが。
ふう、と天馬はため息をついた。
問題は「本命」のほうである。
(男同士でチョコ渡したってキモいだけ・・・だよな、やっぱり)
うっかり想像してしまった寒〜い映像を天馬はブルブルと頭を振って追い払った。
恋人であることに異論はないが、やはり男女のカップルとは違うのだ。
しかも相手はあの京南大付属病院きっての天才外科医(らしい)、ナースや患者から大量のチョコレートをもらってくるに違いないわけで、同じ男として癪にさわりもする。
(あーもー、絶対、今晩、洸ン家行ってチョコ食いまくってやる!)
そう心の中で誓って、天馬はヤケクソ気味にアクセルをふかして走り出した。

次の配達先は駅前のビル改築現場。
大判の封筒を事務所に届け、ほっと一息。
ヘルメットを手に取って、さて次は、と思った時。
「悪いがこれは受け取れない」
「えっ?」
いきなり聞こえた声に慌てて振り向く。
(やべっ、配達間違いか?!)
が、そこに人影はない。
不思議に思ってキョロキョロと見回すと斜め後方、資材の向こうの光景が目に留まった。
背の高い作業服の男と数人の女子高生。
どうやら声の主はあの男だったようだ。
女子高生の手にあるのは多分、間違いなくバレンタインチョコレート。
なるほど、さっきの言葉は渡されたチョコレートを断ったものだったようだ。
少しばかり後ろめたさを感じつつ、絵に描いたようなシチュエーションに天馬は思わず見入った。
「あのー、やっぱりー、付き合ってる人とかいるんですか?」
非常に残念そうに、しかし一縷の望みをかけたような女子高生の問いに、男は即座に頷く・・・だけでなく、さらに真面目くさった顔でこう続けたのだった。
「俺にとって唯一無二のかけがえのない存在だ。世界を賭してもまだ足りない、この世のすべてよりも大事に思っている」
(・・・・・・!)
思わずバイクごとコケそうになって天馬は慌てた。
態勢を立て直して視線を戻すと、さすがに恋する女子高生もちょっと引いている。
恋するオーラが急速に消えていき、おそらく意識はせずに少しづつ後退し始めていた。
「えーと、あの・・・じゃ、じゃあ・・・失礼します!」
安全域まで下がるな否や、彼女たちは脱兎のごとく走り出した。
(だわなあ・・・アイツ、ひょっとしてヤバイ?)
そんな失礼きわまりない評価を下していた天馬の方を、不意に男が見た。
(え?)
次の瞬間、男はバイクの前に立ちはだかっていた。
(ええ〜っ!いつの間に!)
ほんの数メートルの距離とはいえ、動いたように思えなかったのだが。
「何か用か?」
目をパチクリさせる天馬に彼は一言そう言った。
ジロリとにらみつけてくる眼光の鋭さ。
名札に書かれた「霞 一甲」という堅苦しい字面がいかにも似合う威圧感たっぷりの風貌だった。
「いやぁ、その・・・別に・・・」
のぞき見していた後ろめたさで天馬が口ごもる。
そんな天馬を見て男はフンと鼻を鳴らした。
「ただの覗きか」
完全に馬鹿にしきったその態度に、当然、天馬はカチンとくる。
「わ、悪かったなあ!アンタがおかしなこと言うからつい聞いちまったんだよ!」
本当はその前から見物していたのでこの論理はおかしいのだが、そこは弓道天馬。考えてから喋るのは苦手な性分であった。
「おかしなこと?」
男が眉をひそめる。当人はそんなつもりはさらさらなかったのだろう。
「そ、そうさ。唯一無二だの世界だの、よくもまあ、あんなこっ恥ずかしいことを言えたもんだ。今どきテレビドラマでも言わねーぞ」
「俺は真実を告げたまでだ。それにテレビは見ん」
きっぱりと言い放った男に、天馬は内心頭を抱えた。
(ダメだ、コイツいっちゃってる・・・洸もかなり変わってるけど、ここまでぶっ飛んでないぜ)
「もっとも・・・あの程度の言葉で鷹介のことを表せるとは思わんが・・・」
ぽつりと天馬に言うともなく男が呟いた。
(え・・・?)
聞き返しこそしなかったが、天馬は眉を寄せる。
(ヨウスケって言ったか?こいつ・・・)
聞き間違えたのでなければ、あるいはよほど特殊な名前でなければそれは男の名前だ。
(ということは・・・つまり、そーいうこと、だよな・・・)
もちろん天馬自身男の恋人を持つ身なわけで、以前ほど「そういった関係」を特殊とは思わなくなったが、実際に出会うのは初めてである。
(えーっと、こういう場合どう言ったらいいんだ?・・・奇遇だねー、俺もホモなんだよー・・・なんて、言えるわけねーわな)
自分で思いついてげんなりした瞬間だった。

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