< 3>

(うわー…)
天馬は心の中で呟いた。
細くそうっと開けられたドアの隙間からのぞいた室内では、伝通院がウロウロと歩き回っては物にぶつかっている。
彼の心中は天馬には知る由もない。
そして天馬に与えられたヒントはこの状況を誤解させるのに十分だった。
(洸、マジで怒ってんじゃん…)
中の物音に気づかずにドアを全開にしていたらひどい目にあったからもしれないと天馬は思った。一甲どころではない。あの様子じゃファイナルジャッジメントをお見舞いされかねない。
逃げよう。
と天馬は思った。
今日はいったん退却して、明日メールでわびを入れるほうがいい。
そう思ってたちあがった拍子に…
「いてっ」
ドアノブにぶつかった。
思わずあげてしまった声に伝通院が振り向く。
絡まる視線。
固まる二人。
「ヤバッ」
一瞬早く行動したのは天馬だ。
脱兎のごとくそこから駆けだした。
遅れて伝通院も走り出す。
「天馬!」
呼びかけるも足音はどんどん階段を下りていく。仕方なく伝通院は後を追う。

逃げる天馬、追う伝通院。

決着が付いたのは中庭の隅まで走りきったあとだった。
「天馬っ!」
やっと捕まえた体を伝通院は力いっぱい抱きしめた。
「天馬、天馬、天馬っ」
名前を呼びながらぎゅうぎゅうと抱きしめられて天馬は息ができない。
「ちょ、洸、く、苦し…」
必死で手を振り回して白衣の背中を叩く。
「ん?あ、す、すまん!」
やっと気付いた伝通院が腕を離したが、完全に酸欠になった天馬はその場にへたり込んでしまった。
「天馬!大丈夫か!」
慌てて伝通院は天馬のそばに膝をつき、脈を取る。
常夜灯のぼんやりした光に照らされた伝通院の顔は真剣そのもので、思わず天馬は苦しいのも忘れて笑い出した。
「天馬?」
伝通院が怪訝な顔をする。
はあっと大きく深呼吸をして、天馬は伝通院に向き直った。
「お前ってさ、こういうときでも医者なのな」
言われて伝通院は天馬の手首を握ったままの自分の手を見つめ、はっとしたように手を放した。
<洸は私より仕事が好きなのね>
かつてそう言って離れていった女性は誰だったろう。
<ドラマならそんなお医者さんも魅力だけど、恋人には失格よ>
すっかり記憶の片隅に押しやられていた言葉が伝通院の脳裏によみがえる。
(俺は…一歩たりとも進歩していないのか…)
天馬に愛想をつかされたとしても当然なのかもしれない、と伝通院は思った。
だが、今度ばかりは以前のように仕方がないでは諦められない。
「洸?」
急に固まってしまった伝通院を天馬が訝しむ。
すっと伝通院は居住まいを正した。
「天馬」
「ん?」
何事かと天馬が身構える。
その目の前にいきなり伝通院は両手をついた。
「洸?!」
目の前の光景が信じられなくて天馬は素っ頓狂な声を上げる。
が、伝通院は手を上げず、それどころか勢いよく頭を下げた。
「あき…」
「天馬!頼む。別れないでくれ!」
「はあっ?!」

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