バレンタイン狂想曲

(今年もついにやってきたか・・・)
今にも降り出しそうなどんよりした空を見上げて、椎名鷹介はふう、と息を吐いた。
地上に目を戻せば上空とは対象的に晴れやかな装飾がところ狭しと並んでいる。
赤・金・ピンク。そしてあふれ出さんばかりのハートマーク。
去年は思いっきり落ち込みの原因になった年中行事。
(けど、今年のオレは一味違うぜ!)
そう心の中で宣言して鷹介は店の入口を睨みつけた。
(今年こそはアレを堂々とゲットして一甲にプレゼントするんだ!)

そう息巻いてきたものの・・・
「うわ・・・」
押し寄せる熱気に鷹介はたじろいだ。
一甲を愛する気持ちなら誰にも負けない!と意気込んできたものの、決戦日の本命チョコ専門店は戦場もかくやという有り様で一応は男である鷹介の入り込む余地などなさそうだ。
(スーパーにすればよかったかも・・・)
いきなり専門店は初心者にはハードルが高かったと遅まきながら気付いた次第で。
先ほどまでの気合などどこかへ消し飛んでしまっていた。
「出直そうかな」
そんな言い訳をつぶやいて、すっかり負け負けな気分で回れ右をする。

ドンッ!

何かにぶつかった。
「すいません!」
鷹介は慌てて頭を下げる。
「いや、私も不注意だった」
頭上から降ってきた声に鷹介は思わず目を上げた。
「「あ!」」
鷹介、そして相手も同時に声をあげた。
「君は確か・・・」
鷹介を見て驚いたような顔をしているのは、彼が窓拭きを担当している大学病院の外科医だった。
名前はたしか伝通院。
非常に腕がいいという評判で、天才外科医とか言われてる人物である。
3高を絵に描いたような肩書きに、ハンサムな彼はナースにも患者にも大人気だと鷹介も知っていた。
(けど・・・)
と、鷹介は伝通院の頭を見上げて思う。
(やっぱしヘンな髪形だよな・・・)
そんな風に鷹介が思っていると、不意に伝通院が「しまった・・・」とつぶやいた。
その視線が見ているのは鷹介ではなく、今彼が背中を向けようとしていた甘ったるい戦場。
「ナースたちの評判を小耳にはさんでここに決めたのだが・・・これではチョコレートを購入するだけで一苦労だな」
「え?」
意外な発言に鷹介は思わず疑問を発した。
「買うって・・・貰うんじゃなくて?」
その質問に伝通院はいたずらを見つかったように笑った。
(お?こんな顔するんだ、この人・・・)
病院で見かけるのとは全く違う表情に鷹介は戸惑う。
「やはりおかしいか?」
そう聞かれた瞬間、なぜか鷹介は理解した。
(・・・この人、オレと一緒だ・・・)
単にチョコレートが好きなだけかもしれない。
しかし今日は2月14日。
この恋人たちの特別な日にわざわざチョコレートを買いに来る酔狂はいないだろう。
それに伝通院なら周囲の女性から山のように貰えるはずだ。
なのにわざわざやってきたのは、おそらく鷹介と同じ立場であるからだろう。
なによりも、幸せそうでいて少し寂しそうなその表情が鷹介を確信させた。
「おかしくない」
そう答えて、鷹介は笑った。
「オレも買いに行くところだから」
直接言葉にしたわけではないけれど、伝通院にはそれで十分に伝わったようだ。
「そうか」
伝通院は頷いた。
一瞬の沈黙。
そして同時に吹き出した。
同じ秘密を持つ者の連帯感にどちらからともなく握手をし、揃って戦場を見据える。
「では、お互い頑張って買いに行くか・・・あー、そういえば名前を聞いていなかったな」
「あ、オレ、鷹介・・・椎名鷹介ってんだ、伝通院センセイ」

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