バレンタインデーは女性から好きな男性へチョコレートを送る日。
街に溢れるピンクのハートの装飾について一甲が尋ねると鷹介はそう答えた。
渡されるチョコレートにも「本命」「義理」「友達」などいろいろ使い分けがあるらしい。
また、男にとってはもらえる数が人気のバロメータになる、などなど鷹介の説明は続く。
「しかし、なぜチョコレートなんだ?」
一甲のもっともな疑問に、鷹介は一瞬考えて、それから答えた。
「ん〜、チョコ屋さんの陰謀」
「なんだそれは」
「さあ、なんかで言ってたからそうなんだろ。バレンダインデーの意味もホントは違うらしいし」
「クリスマスと同じか?」
「だぶんねー。なんでもいいんだよ。盛り上がっちゃえば」
そういうものではないだろうと思いつつ、あまりにも鷹介らしい結論に一甲は苦笑する。
「なあ、ホントに迅雷の里じゃ誰もやってなかったのか?」
「まあ、他の者のことは知らんが・・・少なくとも俺や一鍬にはそんな経験はないな」
「ふうん。お前らなら一杯もらってるかと思ってた」
「以前の俺達を覚えているだろうが。あの調子ではチョコレートどころか声をかけるのさえ忌まれていたさ」
ほんの一年前までそうだった。
ジャカンジャの襲来がなければ、そして鷹介と出会わなければ、一甲はいまでもあのままだっただろう。
奇蹟、だったのだろうと一甲は思う。
鷹介が起こした奇蹟。
「なーにニヤニヤしてんだよ・・・ヤラシイ奴」
なぜそういう形容になるのか一甲にはまったくもって心外であった。
「いや、お前はさぞかしたくさんもらったのだろうと思ってな」
「当然!・・・って威張れるほどじゃないけど、結構もらったぜ」
「ほう」
思わず一甲の声が低くなる。
自分から訊いておいてどうかという感もあるが、嬉しそうに肯定されると面白くないようだ。
「あ、タンマ!またヤキモチとかナシな。お前の場合シャレになんないから・・・」
慌てたような鷹介の顔を見れば、それがクリスマスの一件を言っているのだろうことはすぐにわかる。
「・・・あのときは流石に俺もやりすぎたと反省している」
「どーだか・・・ホントにやめてくれよ。今年は七海にももらえないからマジでバレンタインなんか関係ないんだからな」
少し拗ねたように鷹介は言う。
「七海は仕方ないだろう。一鍬の邪魔はしないでやってくれ。欲しいなら、俺がやるぞ」
「一甲があ?・・・ぷっ」
一甲の提案に鷹介は盛大に吹きだした。
「何がおかしい」
「だって、一甲がチョコ買いに来たら店の人、パニックになるぜ」
「失礼な」
「だってそうじゃん。だから、いーんだよ。バレンタインは女の子のお祭りで。オレたちは部外者」
そう言った鷹介の横顔がどこか寂しげに見えたのは気のせいではないだろう。
『オレたち』と鷹介が指したのは、一甲との関係。
悪いことをしているとは思わない。
愛しているという気持ちに偽りもためらいもない。
だが、全ての人に容認されるわけではないこともわかっている。
このような男と女の配役が暗黙のうちに決められている状況からはじき出されてしまうのは仕方がないのかもしれない。
「鷹介」
一甲の手が鷹介を捕らえた。
「こ、こら、よせって街中だぞ」
案の定、じたばたと逃げようとするのをさらに強く抱きしめて耳元に囁く。
「愛している」
ぴたりと鷹介の抵抗が止む。毎度のことながら効果はてきめんらしい。これはもはや最終奥義といえるかもしれない。
「・・・オレもだよっ」
真っ赤になって鷹介が答える様も毎度おなじみ。
「お前はいつもそれだな。たまにはお前から愛してると言ってほしいものだな」
「・・・・・・」
ボカッ!
「うっ」
呻いて一甲がうずくまる。鷹介が思いきり蹴ったのである。一甲の向こうずねを。
「もーうっ、お前なんか知らねえからな!恥ずかしい奴!!」
蹴った鷹介はそう吐き捨てて走り出す。
その背中を一甲があわてて追いかける。
二人の鬼ごっこは研究所に着くまで繰り広げられた。