<3>

真夜中過ぎ。
指定された場所に一甲は単身現れた。
そのわずか1時間前にエネルギー研究所で騒ぎが起こっていたが、それとこの場所を結びつけられる者はまだいなかった。

波止にずらりと並んだ倉庫群の一番端。No.156と記された扉が僅かに開いている。
灯は点いていない。
相手も忍び、罠はたっぷりと仕掛けているだろう。
ならば下手な小細工は無駄だと一甲は判断した。
月明かりすら届かないその場所に彼は躊躇することなく足を踏み入れた。
びゅっと闇を裂いて殺意を持った物体が飛来する。
目に見えぬ凶器を紙一重の差でかわし、一甲は前方へと跳躍した。
「腕は落ちていないな」
闇の中から声がかかった。
照明が一斉に点灯する。
「鷹介っ!」
一甲の視界に入ったのは、白い糸で上半身を固定された鷹介の姿・・・そしてその鷹介を盾にするように拘束し、咽喉元に白刃を突きつけた男の姿だった。
「貴様か・・・」
記憶にある男の名を思い出して一甲は唸った。
迅雷義塾の同期生。在籍中は常に成績で一甲とトップ争いをしていた男だった。今は流派の主要な役職についていたと記憶している。
正直なところ会いたい相手ではなかった。
「久しぶりだな」
にこりともせずに男が言った。
弾みで切っ先が肌に食い込んだらしく、鷹介が眉を寄せた。血の気のないその表情から、かなりのダメージを与えられていることが見て取れた。
例えようのない怒りが一甲を支配しようとする。
だが今それに呑まれてしまうわけにはいかない。
少なくとも鷹介を取り戻すまでは。
そしてこの包囲網一一そう、敵は一人ではなかった一一から抜け出すまでは。
「鷹介を放せ」
唸るように一甲は言った。
フン、と男が鼻で笑う。
「シノビニウムは?」
「ここだ」
付きだした左の手のひらを一甲は開いた。その上でピンポン玉大の鉱石が青い燐光を放つ。
「一甲!」
掠れた声で鷹介が叫んだ。信じられないというふうに目を見開いている。
だが一甲の表情は動かない。
「何に使うのか知らんが、約束は果たした。鷹介を放せ」
男が今度は声を立てて笑う。
「本当に持ってくるとはな!それほどこれが大事か」
「貴様には関係ない」
男の挑発を一甲はぴしゃりと遮った。
「そんな口のききかたをしていいのか?人質がいるってことを忘れるなよ」
「一甲!オレに構うな!」
鷹介が身を捩った。首に触れた刃が皮膚を裂き、血がにじむ。
瞬間、一甲の気がぶわっと膨れ上がった。
鬼気。
鷹介ですら総毛立つほどの殺気が場を吹き抜けた。
「う・・・」
優位に立っていたはずの男の顔からも血の気が引く。
空気が帯電して震えた。
じり、と鷹介を盾にしたまま男が後に下がる。
一甲は左手を突き出したまま微動だにしない。
僅かな沈黙の後、男が口を開いた。
「ま、まあ、いい。ほらよ!」
男はどん、と鷹介の背中を突き飛ばした。
「うわっ!」
いきなりバランスを崩されてたたらを踏む鷹介。
考えるより先に、一甲はシノビニウム鉱石を放り投げ、代わりに鷹介の身体を抱えて横に跳んだ。
跳びざま、背中の刀を抜き、もっとも近いコンテナの上に着地する。
同時に背後で小さな金属音が連続する。
二人を貫くはずだった無数の手裏剣が床に転がる音だ。
「斬るぞ」
一甲の刀が閃いて鷹介の身体を縛めていた糸を斬る。
「立てるか?」
「ああ。悪イ・・・ドジ踏ん・・・一甲!後ろ!」
白刃一閃。
跳びかかった二人の忍びが地上に落とされた。
だが地面に転がったのは二体の白木の人形だった。
「一甲、これって・・・」
「ああ、傀儡だ。道理で気配が薄い」
言葉を交わす間にも次の木偶が二人に襲いかかる。
その後ろで男がまた笑った。
「お前達はここで死ぬのだ!シノビニウムを盗み、迅雷・疾風、双方の支配を企てた裏切り者として!」
「なるほど、それが狙いか!」
三人、もとい三体を同時に弾き飛ばして一甲が叫ぶ。
「鷹介!」
「大丈夫!」
答えて鷹介は立ち上がり、最初の相手が落とした刀を手に取った。傀儡の向こうをにらみつける。
「お前なんかの思い通りにさせるかよ!」
右手一本の構え。
左手は身体の脇にだらりと下げたままだ。
そういった特殊な構えがないわけではないが、鷹介のそれはあまりに不自然で、使わない左手が「使えない」のは明らかだった。
だが、それを指摘する暇は一甲にもない。
一斉に傀儡たちが襲いかかってきたからだ。
いかに木偶の傀儡とはいえ、いかんせん数が多過ぎて、鷹介と大きく離れないようにするだけで手いっぱいなのだ。
いかに切りつけても致命傷を与えないかぎり、相手は立ち上がってくる。
激しく斬り合いながら一体ずつ確実にしとめるしか方法はなかった。
「逃がすか!」
突然、鷹介が叫んだ。
振り返った一甲の目に映ったのは空中を舞う鷹介と今まさにこの場から逃げ出そうとしている男。
「影の舞!」
今のその身体でどうして、と思えるほど鮮やかな剣技が閃いた。
が、相手も一甲に並ぶほどの実力者。
鷹介の最後の一撃を紙一重の差でかわし、逆に鷹介を跳ね飛ばす。
「うわあああ!」
大きく飛ばされた鷹介が壁に叩き付けられる。
「鷹介ぇ!」
一甲が吠えた。
とどろく雷鳴。
予備動作なしに一甲は跳んだ。
雷光をまとわりつかせた刀が真っ直ぐに繰り出される。
止めるはずの傀儡は一歩も動かない。まるで雷神のような一甲に気圧されたかのようだ。
「雷撃斬!」
瞬間、辺りが真昼のように明るくなり、そして刀の残像と共に消えた。
男の身体がゆっくりと後ろに倒れる。
少し遅れて袈裟懸けの刀傷から血潮が吹き出し、それを合図にしたかのように傀儡達ががらがらと崩れ落ちた。
静寂の落ちた倉庫の中を薄暗い人工の光が照らす。
「いっ、こう・・・」
微かに鷹介が声を上げた。
はっと我に返って一甲は鷹介に駆け寄る。
「鷹介っ!」
壁際に力なく座り込んでいる鷹介を抱き起こすと、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。
「しっかりしろ!」
「だ、大丈夫・・・」
そう言って鷹介は笑ったが、顔色は青いを通り越して真っ白だ。
一刻も早く手当てを受けさせる必要がある。
ぐい、と一甲は鷹介を抱き上げた。
「こ、ら・・・一甲・・・」
鷹介がわずかに抵抗する素振りを見せた。
「じっとしてろ」
「けど、恥ず、かしい・・・だろ・・・」
お姫さま抱っこは男の沽券にかかわると思っている鷹介である。
「病院につくまでだ。我慢しろ・・・!」
そう言って歩き出しかけた一甲が動きを止めた。
鷹介も抱き上げられたまま凍りついている。
二人の視線の先で、血塗れの死相がニヤリと笑った。
そしてその手には手榴弾が握られている。
「ちっ」
舌打ちして一甲が走り出すのと、震える死人の手がピンを抜くのがほぼ同時。
鷹介を抱えたまま一甲はコンテナの影に飛び込む。

同時に閃光と爆風が炸裂した一一一。

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