「あ,お帰りなさい。お疲れ様でした。寒かったでしょう。お茶入れますから。」
出迎えてくれた同僚が,奥へと入っていった。豪がやっと公園前交番に帰ってきたのは,1月2日の午前4時頃だった。
「どうぞ。大変だったでしょう?」
「ありがとう。交通整理に迷子の世話,おまけにスリにひったくり。寒いなんて言ってる間もなかったよ。」
笑いながらそう言う豪から,疲れはにじみ出ているようだった。
「あ,そうだ。勤務,4日の朝からでいいって連絡がありましたよ。」
「えっ?そうなのか?」
「よく休めって。ちゃんと代わりのシフトは組めてますからご心配なく。」
半日休みが伸び,そんなこといつもなら辞退する豪だったが,既に何時間も超過勤務の状態だったので,ありがたくそうさせてもらうことにした。

「そろそろ・・かな・・?」
同僚の小さな呟きに,
「何がだ?」
「いや・・あの・・ちょっと・・・」
「何だ?気になるじゃないか?」
「いや・・あっ!来た来た!神谷さん,帰る用意してください。お迎えですよ。」
「お迎え?」

そこに入ってきたのは,仁だった。
「仁!何でお前・・・こんな時間に・・」
「連絡,ありがとう!」
豪の横にいる同僚に向かって仁が手を挙げた。
「どういたしまして。かなり疲れているようなので,お願いします。」
「おい・・俺抜きで話を進めるな。」
話の見えない豪が困ったように言った。
「今日になる頃には終わるって言うからさ,俺,ここにお前迎えにきたのよ。そしたら,お前いないし,いつ終わるか分かんないって言うし。」
「幸いここに荷物を置いているので,帰ってきますよって言ったんです。」
「だから,帰ってきたら俺に連絡くれるように頼んでおいたの!」
「お茶を入れに行ったときに連絡したのか?全く・・・仁・・」
あきれたように言う豪に,仁は言いつのった。
「車さ,そこに止めてんの。長くは止めてらんないから,豪,早く帰ろう。」
「神谷さん,ここは俺だけで大丈夫ですから,早く帰って休んでください。」

2人にせかされて,豪は荷物を持って仁と連れだって交番を出たのだった。

車を走らせながら,仁が控えめに豪に話しかけた。
「俺のうちでいい?」
「いや・・迷惑だろう?俺のアパートまで送ってもらえるとありがたいんだが。」
「何にも,ないだろ?食べるものとか。ちゃんと用意してあるから,うち来てよ。」
なんだか甘えているようで気が引ける豪ではあったが,仁の言うとおりだ
ったので,
「じゃあ・・悪いが,お邪魔させてもらう。」
と肯定の返事をせざるを得なかった。とたんに,仁は嬉しそうに
「そうこなくっちゃ!」
そう言うと,明け方の道を自宅へと急いだのだった。

仁のうちには,温かいスープが用意されていた。
「俺がさ,貫徹で仕事するときとかに作っておくスープなんだ。簡単なんだけど,胃に優しいし,苦手な野菜も結構食べられるし,身体も温まるんだぜ。」
そう言いながら豪のためにスープを装ってくれた。
「何か腹に入れる?レトルトでよければおかゆもあるけど。」
豪は首を横にふると
「いや,スープだけでいい。身体が温まって,今,ものすごい睡魔に襲われてる・・」
と笑いながら言った。
「そうだよな。何時間,起きてたんだ,お前。それ飲んだら,風呂入って,ゆっくり寝ろ!」
「仁・・」
いつもと同じ軽い調子でそう言う仁を,豪は立ち上がって抱きしめていた。
「おい,豪!それはあとだ。」
照れ隠しに暴れる仁を抱きしめて,髪の毛をわしゃわしゃとかきまわすと
「じゃ・・・あとでゆっくりな・・」
「な・・何言ってのよ,おまえらしくもない・・」
額に軽くキスだけして,豪は風呂場へ向かった。

仁の用意してくれた新しい下着とスエットを着て,すすめられるままベッドへ入ると,豪の意識はあっという間に眠りに吸い込まれていった。

豪が目覚めると,寝室には自分一人だけだった。
ドアを開けて,リビングの方へ行くと,そこに仁はいた。
手には携帯を持っており,ピッピという小さな音がしていた。
「メールか?」
「ああ,新年の挨拶とかさ,いろいろ。」
「あ〜〜!なんだあのお前のメール!」
交番で受け取った仁からのメールを思い出し,豪が大きな声を出した。
「あはは・・。和んだだろ?お仕事中に。ってか・・お前,見たの?仕事中に?」
「あ・・!つい・・何だろうと思って。」
「それから後は見てないの?いろんなやつから入ってるんじゃない?」
豪が携帯を見ると確かに,見慣れた名前が並んでいた。
「返事,書かないと!って・・こんな時間か?!」
メールの件数より,表示された時刻を見て,また豪が大きな声を出した。
今は1月2日の夕方,5時が近い時間だった。
「よく寝てたよ。よっぽど疲れてたんだな。返事はいいんじゃない?みんな知ってるよ,お前が仕事してたこと。」
12時間近く寝ていたことに呆然とする豪に,
「豪,はら減っただろ。何か食べに行こう。」
そう言って豪に服を差し出した。
「これは・・?」
驚いたように仁の顔を見る豪に
「俺の第2作!年末にさ,豪が遊んでくれないから,これ作ってたわけ。あ,さすがにコートはうちのブランドで売ってるやつだけど。」
仁はこともなげにそう言った。
「早く着ちゃってさ,おいしい物食べにいこっ!」
そう言う仁にせかされ,豪は出された服を身につけた。
「やっぱ,最高!よく似合うじゃん。」
「そうか?着心地もいいぞ。ありがとな,仁。」
照れくさそうに言う豪に,えへんとばかりに胸をはって
「じゃ,見せびらかしに行きますか!」
そう言うと,豪を引っ張るようにして,外へと出たのだった。

「お正月〜〜って感じの料理だったな。」
「ああ,ゆったりといい雰囲気の店だったしな。」
仁行きつけのお店で食事を済ませて,部屋に帰ってくると,仁は,冷蔵庫からワインを出してきた。
いっしょに持ってきたのは例のグラス。
テレビをつけ,その中で繰り広げられるお正月らしい番組を二人で眺めていた。
そのうち,豪は携帯を取りだし,送られてきた新年のメールを見ることにした。
仁はそれをのぞき込みながら,ツッコミを入れていた。
「結構みんな律儀だよなあ。」
「そうだな。俺は今までこんなのもらったことがなかったからな。」
だからなんだかわからなかったんだ,という豪に,
「俺のが1番のりってことだよね?!」
「そういうことだな。」
「やった!」
仁は嬉しそうに笑った。
豪は,慣れない手つきでそれぞれに返事を打っていた。
横で仁は豪に寄りかかってそれを眺めていた。

「送信っと。」
ピッという軽い音ともに最後のメールを送り終わって。
そのとたんに仁の携帯が,メールの着信を知らせた。
いつの間にか豪にもたれかかってウトウトしていた仁はその音で目を覚ました。
「ん?俺,寝ちゃってた?何,メール?」
仁は豪から離れて,携帯を取ると慣れた手つきでメールを開いた。
そこにあったのは・・・
「豪・・から?」
仁が豪の方を向くと,慌てたように目をそらされた。
メールを読んでいた仁が携帯をほおり投げるように机に置くと,豪の背中に飛びついた。

『遅くなったが明けましておめでとう。仁のおかげで,年末年始きつかった仕事もやりきることができた。ありがとう。今年も,よろしく頼む。これからも,今のままの仁でいてほしい。逢えないときでも,心はおまえにあるから。豪』

ぎゅっとしがみつかれて,頬ずりするように顔を寄せられた豪は,やっぱり仁の方は見られずに,そっぽ向いたまま,手だけは仁の頭をくしゃっとかき回していた。
「豪・・!」
名前を呼ばれて,豪はグイッと首をひねって,仁に口づけた。
無理な体勢からだったので,軽く触れるだけで離れていった豪に,今度は前に回り込んだ仁が深く口づけた。
ソファに腰掛けている豪の膝に乗るような体勢でどんどん口づけを深くしていく仁を,そのままの格好で抱き上げると,さすがに,驚いた仁の唇が離れた。
「あとでゆっくり,の約束だったからな。」
早口でぶっきらぼうに言う豪に
「あは・・覚えてた?」
既に潤みかけている瞳で微笑えんだ仁を,豪はそのまま寝室へと抱え上げて運んだ。

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