<2>
「どっから入ってくんだよ」
開いていた窓から侵入した一甲に鷹介はそう言った。
就寝前だったらしく、タンクトップに短パン、口には歯ブラシをくわえたままという極めてくつろいだ格好である。すらりと伸びた手足が先日の情事を思い起こさせ、一甲は軽い眩暈を覚えた。
惹かれていると、どうしようもなく惹かれているのだと改めて思った。
振り切れぬ激情のままに来てしまったが、やはり来るべきではなかったのだ。
だが、今さら引き返せはしない。
「・・・窓を開け放しているのが悪い」
平静を装ってそう言った。
「暑いんだからしょうがねえ・・・おい!」
いつものように反論しかけた鷹介の視線が一甲の右手で止まった。

「なに考えてんだよ、お前・・・」
鷹介の言葉の指すものに気づいて苦笑する。勢いで来てしまったためにそこに握られた刀は抜き身のままであった。
「別に。ただ、もし俺がその気であったらお前は死んでいただろうな」
冗談のつもりでそう言えば、鷹介が押し黙る。一甲の真意を測りかねているのだろう。
ややあって、鷹介が口を開いた。
「・・・俺は構わねーぜ。それでも」
「!」
予想外の鷹介の返答に、今度は一甲が絶句する番だった。
そのすきに鷹介は台所へ行って口をすすぐ。
どう言葉を継いでいいか分からず、生活感あふれる水音を一甲はじっと聞いていた。
「オレを殺しに来たのか?」
蛇口を閉めたのと同じような気軽さで鷹介は訊いた。背を向けたままであるためその表情は窺えない。
「いや」
即答し、一甲は刀を収めた。鞘と鍔が小さく鳴った。
「なら、そんなもん持って町中うろつくんじゃねーよ」
振り返った鷹介はわざとらしい渋面。
「・・・以後、気をつけよう」
一甲も真面目くさって答える。
「なら許す」
そう言って鷹介は笑ったが、目が笑っていないことに一甲は気づいていた。

「窓から来るのも禁止」
「心得よう」
「だいたい、お前は常識ってもんがなさ過ぎんだよ。9時過ぎたら人の家を訪ねちゃいけねえんだぞ」
「そうなのか?」
狭い部屋だ。お互い手を伸ばせば届く距離。しかしどちらもが核心に触れるのを恐れるようにたわいない言葉の応酬を続けている。
均衡を破ったのは、今度も鷹介だった。
「・・・もう、来ないかと思ってた」
ぽつり、とこぼされた言葉。
「・・・」
笑っているようで泣いているような表情が胸を突いた。
一甲の表情で気づいたのだろう。鷹介は顔を隠すように再び背中を向けた。
「鷹・・・」
「一甲!」
遠慮がちな呼びかけは鷹介に遮られた。
「あのさ、一甲・・・無理しなくていいから」
「無理?」
「そ。このあいだのこと・・・オレが本気なのは本当だけど、一甲がその気じゃないんなら気にしなくていいからさ。だって・・・やっぱ、普通じゃないし。オレは・・・オレもお前も男だし。こんなのおかしいってわかってるから。でもオレ、後悔はしてないし、やっぱりお前のこと好きだ・・・でも、お前がそうじゃないんならあれは気の迷いだったってことにしておいてやるから、だから・・・」
「・・・それでいいのか?」
静かに一甲は訊いた。すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑えるのに精一杯だった。
弾かれたように鷹介が振り返る。
「いいわけない!言っただろ、オレは本気だって!けどお前がその気じゃなきゃしょうがないじゃん。オレ、絶対、おかしい。そんなの分かってる。分かってるけど、お前が欲しい・・・」
消え入りそうな語尾を濁して鷹介は俯いた。言葉よりも多くを語る瞳が長い前髪に隠されてしまう。
一甲はぎゅっと拳を握った。手のひらに自分の爪が食い込むほどに。
「・・・そんなにやすやすと切り札を見せるものではない。つけ込まれるぞ」
搾り出すように言った言葉は最後の抵抗。
「つけ込めよ。オレはそれでいいって言ってんだ・・・でもそれも嫌だっていうんなら・・・もう来るな。オレたちはハリケンレッドとカブトライジャーに戻る。それでいいじゃん・・・」
限界だ、と一甲は思った。向けられた思いと寄せる思いの狭間で抵抗は無意味だった。近い将来必ず訪れるであろう悲劇も、身の内に沸き上がる衝動を止められはしない。
気がつけば、一甲は目の前のしなやかな身体を抱きしめていた。
「鷹介・・・」
「ちょっと待った!」
勢いのままに口付けようとした一甲を鷹介は手で押しとどめた。
「どうした?」
「・・・同情されるのはゴメンだからな」
今度は目を逸らさずに鷹介は言った。真っ直ぐに一甲を見つめる鮮烈な光。
「・・・同情でなければ、つけ込んでいいんだな・・・」
一甲は言った。狡い、と思った。自分では止められない行動を鷹介の気持ちで言い訳にしようというのか。
「・・・いいぜ、同情じゃないんならな」
鷹介の肯定の言葉に胸の奥の暗い部分がほくそ笑むのが分かった。これが本音か。あれこれと理屈を並べ立てて制しようとした己の欲望の正体か。
その通りだ、と一甲は思った。
それほどまでに自分は椎名鷹介を手に入れたかったのだ。
そして、手に入れた。
「一甲、オレが・・・欲しいか?」
熱っぽく囁かれた言葉に挟まれた一瞬の間。
置き換えられた問い。
---オレが好きか?---
それに気づかぬ一甲ではない。
だが、それに答えることはできない。
だからこう答えた。
「ああ、お前が欲しい」
鷹介の手を取り、己の欲望に触れさせる。己の身体の中で唯一真実を伝える部分。「オッケー」
革越しにその変化を確かめて小さく鷹介は笑った。
その笑顔に口付けても今度は抵抗はなかった。

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