2人でゆっくりコーヒーを飲んでいると,言いにくそうに豪が口を開いた。
「なあ仁,これから俺のアパートに帰ろうと思っているんだが。」
すっかり忘れてた・・豪は家にも帰ってなかったんだった・・・というか,豪の家,ここじゃなかった。
ここじゃなかった。
豪にとってここはあくまで「仁の家」でしかないんだ・・・
どこよりも先にここへ来てくれたことが嬉しくて忘れていた。

「仁・・?」
下を向いてしまった俺。豪が顔をのぞき込んできて・・
思わず,しがみついてしまった。
「仁?!」
「豪・・豪・・豪,豪!」
豪がぎゅっと抱きしめてくれた。そしてなだめるように背中をさすってくれた。
髪の毛を梳くように撫でられ,名前を呼ばれた。
「仁,明日の朝にはまたすぐに来るから。」


俺が反応を示さないものだから,豪も俺を抱いた腕をゆるめることができなかったのだろう,そのままずっと抱いていてくれた。
俺はというと,豪が自分の家に帰るだけのことがどうしてこんなに堪えるのかわからずに混乱していた。
・・・今までだってずっと逢えないことなんて何回もあったのに・・・
・・・お互いの家を行き来していたのに・・・
・・・プライベートな時間を大切にしたいと思っていたのに・・・
・・・寂しければ,遊んでくれる人はたくさんいたのに・・・
・・・付き合ってきた彼女にだってこんなこと感じたことなかったのに・・・
なんで豪にだけ・・・


でも少しずつ落ち着いて。
豪からちょっとだけ体を離した。
「仁・・」
「ゴメン,豪。朝,待ってる・・」
もう一度グッと抱きしめられて,おでこにキスされた。



一晩・・眠れなかった。
せっかくだから,仕事した。
明日になったら,朝になったら豪が来てくれる。
そう思うと,不思議と仕事は進んで,デッサンが結構たくさん描けた。
描きながら,ずっと豪とのことを考えていた。



ここに帰ってきて欲しいと思った。
ここが豪の帰るべき場所でないことが寂しかった。
きっとそうなのだ。

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