熱帯夜<2>
その日。
オレは一日中隙を見ては一甲に近づく算段をしたけど、全部見事に逃げられた。
言わずもがなだけども忍者としての実力差を見せつけられてるようでなんかヤな気分だ。
でも夕方、帰る段になってやっと捕まえた。
話があるから、と公園へ誘い出す。
でも何を言ったらいいのかわからない。話したいことはたくさんあるのにうまく言葉にならない。
「それで?話とはなんだ?」
オレのほうを見ずに一甲が言った。ヤバい。なんか言わないと逃げられそうな気がする。
「ん〜・・・その・・・体の具合はどうだ?」
なんとかその質問をひねり出した。
けど、これは本当に気になってたことだ。一甲の様子、最近おかしい。どうも体調がよくないように思えるんだけど、戦ってるときは相変わらず強いし、訊いても「なんともない」の一点張りだけど・・・。
「・・・大丈夫だ」
やっぱり同じ答え。でも、どうしても気になる。
「ホントにほんっとうに大丈夫なのか?」
オレは食い下がった。
「ああ」
一甲の返事はまたしてもそっけない。
でも、そのそっけなさが、嘘っぽい。
それは確信に近いひらめきで、根拠なんかなんにもなかったけど、オレはそう思った。
なのに、どうしていつもこうなんだろう?
そりゃ他人に弱みを見せないのは忍者として立派だと思うさ。けど、オレは仲間だろ?
話は終わりだと言わんばかりに立ち去ろうとする一甲の腕を思わず掴んだ。
「本当にどこも具合、悪くないんだよな」
もう一度訊いた。
「くどい。同じことを何度も言わせるな」
「だって・・・」
心配なんだ。
本当に心配だから、どうしてもこっちを向いて話してほしい。
「それではなにか?お前は俺の体調が悪いほうがいいのか?」
「そんなこと言ってない!」
「話というのはそれだけか?ならば失せろ。お前には関係のないことだ」
関係ない。
今日、二度目だ。
関係ない。
拒絶される。
おまえは、そんなにもオレが嫌いなのか?
そう思った途端、目の前が真っ暗になった。
「関係ない?!なんだよ、それ!」
叫んでいた。
立っていられないくらい、全身の力が抜けているのに、胸だけはキリキリと締め上げられるような痛みを訴える。
「言葉通りだ。俺の身体がどうなろうとお前には関係ない」
「関係なくない!俺達、仲間じゃないか!!」
一甲が大げさにため息をついた。
「仲間になった覚えはない。今はたまたま利害関係が一致しているというだけのこと。もとより迅雷流と疾風流は相容れぬ」
「なんだよ、それ!そんなのどうだっていいじゃんか!」
「わかったらとっとと帰れ」
「・・・わっかんねーよ!!」
わからない。
わかりたくない。
だって、オレは・・・
「わっかんねー!俺は・・・俺があんたの心配しちゃいけねーっていうのかよ!」
革のジャケットの胸ぐらを掴んだ。
でも身長差のせいでしがみつくような格好にしかならない。
これがオレたちの距離。
オレがどんなにおまえのことを考えても、おまえにはぜんぜん届かないんだ。
そう思い知らされた気がした。
鼻の奥がツンと痛くなる。
オレは慌てて一甲から顔を伏せた。
「お前・・・泣いて、いるのか?」
「泣いてなんかない!」
そう言い返したけど、気づかれてるのは間違いない。
伸ばした前髪が顔を隠してくれればと思ったけど、一甲の奴、わざわざそれをどけやがった。
もうダメだ、完全にバレた。
女々しいと、情けないやつだと笑われるに決まってる。
なのに、一甲は困ったような顔をしてオレを見てる。
「何故、泣く?」
「・・・わっかんねーよ・・・ホント、わかんねえ・・・あんた、意地悪だし・・・なんで俺がこんなこと・・・バカみたいじゃん・・・こっち向いて欲しいなんて・・・」
頬を流れる涙をもう止めようとは思わなかった。
ただ悲しかった。
そう、オレは振り向いてほしかったんだ。
いつだって背を向けて去ってしまう一甲が、いつか振り返ってくれるのを期待していた。
そしてこんなふうにオレをまっすぐ見てほしかった。
疾風の落ちこぼれでも、ハリケンレッドでもない、椎名鷹介を見てほしかった。
本当にオレはバカだ。
そんなことあるわけがないのに。
それでも。
それでもオレは一甲が・・・好きだったんだ・・・。
笑っちゃうよな。こんな状況でいきなり気づいちまうなんてさ。
しかもオレ、男だぜ?
そりゃあ男同士で、ってのもアリだとは知ってるけど、やっぱ普通じゃねえよ。
逃げなきゃ。
一甲に感づかれる前に。
と、思ったが動けなかった。
じっと一甲の目がオレを見ていた。
初めて間近で見る一甲の目。待ち望んだその視線の意味するものは?
「!」
突然の、あまりにも突然の一甲の行動だった。
一瞬、パニックになって逃げかけたのを押さえ込まれてようやく気づく。
オレ、キスされてる!
なんで?
どうして?
と、考える間もなく一甲の手は頬から肩を通って腰へ降りてくる。
強く引き寄せられて、深く口付けられて息ができない。
頭の芯が痺れたようになって、与えられる刺激に翻弄される。
あ、ヤバい・・・
ぞくり、と背筋を走ったモノ。そして体のある部分に集中する熱。
ヤバいって。こんなのは絶対にヤバい。
気づかれないように少しだけ腰を引いてみたけどダメだ。体がどんどん暴走しちまう。
頼むからこれ以上煽らないでくれ、と懇願しそうになった瞬間、唇が離れた。
おそるおそる目を開けると、今まで見たことのない表情の一甲がいた。
敵を見据えるときよりも強い眼光。
思わずまた目を瞑ってしまったら、またキスされた。
さっきよりもっと強く引き寄せられる。
だからそれはヤバいって・・・え?
密着した一甲の体から熱が伝わってくる。それは間違いなくオレと同じ反応。
当たる場所が少しばかりズレてるのは足の長さの違いだけどそれに傷ついてる場合じゃねえ。
これって、そういうことなんだろうか?
一甲もオレと同じ気持ちでいるってことか?それとも単なる生理的現象?
どっちでもいい。
このチャンスは逃せない。
「オレの部屋、来いよ・・・」
革ジャケットの肩に顔を埋めてそう言った。