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次第に賑やかさを増す雑踏の中、一甲は鷹介の指定した待ち合わせ場所に静かに佇んでいた。
一際目立つ容貌を気配を断つことで風景の一部に溶け込ませている。
でなければ、不躾な視線を集め、ひっきりなしに声を掛けられるということを彼はよく心得ていた。
記録的な猛暑は5時を過ぎても一向に和らぐ気配はないが、そこは迅雷流きっての手練と言われた男、その額には汗ひとつかいていない。
しかし、その眉間には深い皺が寄っていた。
その視線はまっすぐに向かいの商業ビルの壁に埋め込まれた時計をにらみつけている。
約束の時間はとうに過ぎているというのに鷹介が現れないのだ。
あれで鷹介は時間には几帳面な性質である。今までに時間を違えたことはないし、遅れるならば何らかの連絡をしてくるはずだった。
(まさか忘れたということはあるまいが・・・)
先程から握りしめたままの携帯電話を開き、鷹介の番号をプッシュしたところで閉じる。
(いや、待て。仕事が長引いているのかも知れん)
仕事中ならば連絡ができないこともあるだろう。そうであればこちらから連絡するのも憚られる。
(さてどうしたものか・・・)
相手の都合にかかわらずチェンジャーで呼び出していた頃が懐かしい。普通の人間として暮らすのはやはり難しいと一甲は思った。
じりじりと焦れる一甲を尻目に正面のデジタル時計は着実にに数字を進めていく。
数字が10回変わった時点で、一甲は意を決して再び携帯電話を開いた。
迷うことなく番号を押し、今度はコールボタンを押す。
しかし、短い発信音の後、聞こえてきたのは「お客様がおかけになった電話は、電源を切っているか電波の届かないところにおられます・・・」というアナウンスだった。
(鷹介・・・!)
一瞬にして全身の血が沸騰する。
一甲の脳裏を駆け抜けたのは嫌なシナリオ。
事故、急病、誘拐・・・いかに鷹介が忍びだといっても不測の事態は発生する。
一甲はぐっと拳を握りしめ、目を閉じた。
(仕方がない。これだけは使いたくなかったが・・・)
覚悟を決めたように、目を開いた一甲の手には携帯電話に似た小さな端末が握られていた・・・。