Trouble☆Maker

<1>
その日、九十九スタッフデリバリー、アルバイトスタッフ椎名鷹介は朝から上機嫌だった。
それはもう、他のスタッフばかりかあの九十九かなえ社長までもが引くほどに。連日の記録的猛暑のせいかもしれない、と同僚たちが同情の目を向ける中、当の本人は鼻歌交じりに窓を拭いていた。
理由は一つ。
鷹介の頭の中で繰り返し再生される今朝の食卓での会話であった。

「今日は何時に上がれる?」
不意に一甲がそう訊いたのが始まりだった。
とりたてて不思議な質問ではないが珍しい。
お互いのスケジュールは台所のホワイトボードに書いてあって、それに合わせて夕食の担当日も決めてある。1年も一緒に暮らしていれば、それを見ただけでおおよその時間は推測できるはずだ。
「えっと、今日は窓拭きだから定時上がりだけど?」
「では5時半に待ち合わせるとしよう」
「待ち合わせ?」
一甲の口から聞いたことのない単語が飛び出して鷹介は面食らう。
スイ、と一甲が鷹介の前に何かを置いた。
二枚の細長い紙切れ
「これ・・・」
鷹介は信じられない、といった面持ちで一甲を見つめた。
それはなんと映画のチケットだった。それも公開前から鷹介が見たがっていた映画だ。
「見たいと言っていただろう」
「そうだけど・・・」
これが一枚ならプレゼントと思ってありがたくもらうのだが、二枚ある。
「二人で見に行くかと思ってな」
「なんでっ!」
折角のお誘いにあんまりな返事だとは思うが、一甲が映画を観るだなんて初めてではないだろうか。
鷹介の疑問をそのまま読み取ったらしく、一甲は少しだけ苦笑した。
「誕生日になにもできなかったからな」
「あ・・・」
思い出す。今年の鷹介の誕生日、一甲に急に夜間警備の仕事が入り二人で過ごすはずだった夜を鷹介は一人寂しく過ごしたのだった。
「けど、あれは仕事だし・・・晩飯、好物ばっかり作ってもらってたし・・・」
ただそれが、一人ではあまり美味しくはなかったというだけだ。
ふわり、と一甲の手が鷹介の手に重ねられた。
「そんな顔をするな。俺は無理をしているつもりはないぞ。お前と映画を観たいからそう言っている・・・らしくはないかもしれんがな」
「一甲・・・」
その後の鷹介の言葉は一甲の唇に吸い取られてしまう。
優しくも情熱的なキス。
おかげで出勤が遅刻ギリギリになってしまったのは致し方ないことだった。

(一甲の奴、朝からあんなキスしなくても・・・)
思い出して赤面してしまう鷹介。
そしてその鷹介をやはり同僚たちは遠巻きに眺めていた。

「お先に失礼しまっす!」
はた迷惑なほど元気な挨拶を残して鷹介は事務所を飛び出した。
普段の移動に術を使うことは館長に禁止されているので、とにかく走る。
走らなくても十分間に合うのだが、はやる気持ちは抑えようもない。
初デート。
そう、今日これから起こることはまさにそれなのである。
これまで二人で出かけるといえば山とか河原とか、基本的に修業の域を出ないものだった。海へ行こうというから喜んでついていけば、岩場で遠泳させられたこともあった。
しかし、今日は違う。
映画&食事という、どこからどうみても、誰が何と言おうと、立派なデートなのだった。
「いよっしゃあああ!」
走りながらガッツポーズで雄叫びを上げる鷹介。通りすがりの親子連れが避けるように迂回して行ったが当の本人はそのことに気づく由もなかった。

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