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不幸にして鷹介の料理の腕に問題があると発覚してから6日。
約半日、完全に落ち込んでいた鷹介だったが、一甲の献身的なフォローアップのおかげ(?)で本日、久々の二人そろっての休日にお料理教室を開催することとなった。もちろん講師は一甲である。
「おい、鷹介、始めるぞ」
作業台代わりの食卓に材料を並べながら、一甲は寝室でなにやらやっている鷹介を呼んだ。
本日のメニューはイタリアン。「スパゲティ・ペペロンチーノ」「シーザーズサラダ」「鶏肉のトマト煮」の三品がこの日のために購入されたお料理BOOKから選出されていた。
材料はスーパーの開店と同時に二人して買い出してきたものだが、その買い物風景が某食器用洗剤のCMのような恥ずかしさ全開だったことは、当人たちのあずかり知らぬところである。
「あ、ちょっと待ってくれ。いいものがあるんだ〜」
「なんだ?」
「へっへ〜。エプロン♪」
「エプロン・・・?」
その単語で一甲の脳内に展開される想像図、いや妄想図。
(まさかな・・・)
いくらなんでもそれはないだろう、一甲はそう自分に言い聞かせ、脳裏に描いたマニアックな映像を必死に打ち消した。
「オッケー!お待たせ!」
そんな一甲の心情を知る由もなく鷹介は元気よく飛び出してきた。
身に付けていたのはごくシンプルなカフェスタイルの真っ赤なエプロン。
予想が外れて一甲はほっと脱力する。
その様子を見て鷹介がニヤリと笑った。
「おまえ、なんか変な想像してただろ〜?」
「してない」
即答した一甲だったが、内心冷や汗ものである。
「ふ〜ん、ま、そういうことにしておいてやってもいいけど〜」
鷹介はまだニヤニヤと笑っている。
一甲はそれをポーカーフェイスで黙殺した。
間違っても「フリル付きエプロンドレス」を妄想していたなどとは知られてはならない。
「着替えたなら始めるぞ」
「あ、待てよ。お前のもあるんだから」
「俺の?」
「そう」
大きく頷いて鷹介は手にしていた黒い布を嬉々として広げて見せた。鷹介のと同じ形の黒いエプロン。
「よくサイズがあったな」
「一昨日、会社に業務用ユニホームのカタログが来てさ。それ見て注文してたんだ。身長2メートルまでOKだって。な、着てみてくれよ」
「あ、ああ」
鷹介の差し出す輪に少しだけ頭を下げて首を通し、一甲は後ろ手に紐を結んだ。
「よく似合うぜ♪」
少しだけ照れ臭そうに言う鷹介は、自分がそれ以上に魅力的であるということに気づいていないようだ。
(う・・・)
思わず一甲は鼻を手で押さえた。
気分はまさに闘牛士を前にした牛である。
しかもその闘牛士は赤い布を目の前で振って「オレも似合ってる?」などと可愛らしく訊いてくるのだ。
(耐えろ、一甲・・・)
理性を総動員して衝動に歯止めをかける一甲。
ここで負けてしまっては一生トンデモ料理を食べさせられる羽目になる。
「よ、よく似合っているぞ、鷹介・・・では、始めるか」
引きつったポーカーフェイスで一甲はそう告げた。
「オッケー」
元気の良い鷹介の返事。だがその手が握ったものは・・・
「待て、鷹介。それは何に入れるつもりだ?」
「何って、ペペロンチーノ」
一甲は額に手を当てた。
「鷹介、作るのはトマト煮からだ」
「なんで?」
「料理はそれぞれの出来上がりが揃うように作るのだ。初めに煮込むものや暖め直しがきくもの、次にサラダなどの冷たいもの、スパゲティなどのめん類は最後だ」
「え〜、めんどくせえ」
「皆を見返してやるのではなかったのか?」
「う〜、そうだけど・・・うん、そうだな!」
馬を走らせるにはニンジンをぶら下げるに限る、というと怒るだろうが、目標があるとがぜん張り切るのが鷹介だった。
「じゃあ、トマト煮な」
そう言って再び唐辛子の袋を手に取る鷹介に一甲は慌てた。
「おい、この本のどこに鷹の爪と書いてある?」
「え?書いてないけどさ、入れたほうが美味いじゃん」
作ったこともない料理にそれを入れたほうが美味いなどとなぜ言えるのかはなはだ疑問である。
「お前の気持ちは分かる。だが、初めて作るものだろう。とりあえず書いてある通りに作ってみて、気に入らなければ次から入れるというのでどうだ?」
「え〜〜〜・・・まあ、いいけどさ。じゃあ何からやるんだ?」
「タマネギだ」
開いたページを指さしながら一甲は答える。彼の最愛の恋人の欠点は「理論より実践」つまり「本を読まない」と言うことかもしれない。もちろんそれは長所たりうることもあるのだが、料理においては間違いなく大問題である。
「げっ、オレそれパス」
「逃げるな鷹介。タマネギはあらゆる料理に使われる。避けては通れんぞ」
「う〜ん・・・」
「では切れるところまで切ってみろ。目が痛くなったら交代する、でどうだ?」
「よし、ならやる」

そんなこんなで鶏肉を煮込み、サラダを冷蔵庫にしまい、さて問題のパスタである。
「一甲、アルデンテってなんだ?」
ようやく本の記載を読む気になったらしい鷹介が聞きなれない言葉に首をかしげた。
「スパゲティの茹で加減だ。簡単に言えば少し芯が残るくらいに茹で上げることだ」
自信たっぷりに答える一甲だが、実は昨夜この本を隅々まで読んで学習した知識である。
「え〜っと、湯を沸かしている間にソースを作る、か・・・」
いそいそと唐辛子を取りだす鷹介。
そこへまた一甲の待ったがかかった。
一甲にしてみれば願ってもない場面である。
「鷹介、唐辛子をたくさん入れすぎると他の味がわからなくなる。それでは調理の意味がないぞ」
これこそがもっとも強調したいことだった。とにかく鷹介の味付けは辛い。実際、唐辛子やワサビがふんだんに入っていることで料理そのものがどんな味か分からないと言っても過言ではないのだ。
「誰にも文句を言わせない料理を作るのではなかったのか?」
再び鼻先のニンジン登場。
それは今回も有効であった。
「わかった。書いてある通りにする」
「偉いぞ、鷹介。もう少しだ。頑張れ」
「一甲・・・」
二人手を取り見つめあう。
端から見れば恥ずかしいことこの上ないが本人達は大まじめである。
そして盛り上がったまま料理は完成した。

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