2月14日

今年もバレンタインデーがやってきた。
こんなオフィス街の真ん中のコンビニにだってかわいらしいチョコレートの棚なんかがあったりするわけで・・・昼食の弁当を買って振り向いたオレの目にそれは飛び込んできた。
『大好きな、あの人へ!』
ハートマークに囲まれたピンクの丸文字が、商品の購入を誘う。
オレにだって大好きな人はいる。
せっかくのイベントに何もしないのはつまらない。
けど、この目の前の棚の商品を手に取るのは男としてやっぱりかなり恥ずかしい。
だから・・・
----今年は、ナシにしような----
つい先日、自分で一甲にそう言った。
去年は七海に教えてもらって二人でケーキを作ったけど、今年はそんな時間がとれそうにないし。
それに、オレたちはチョコレートの魔法に頼らなくても想いを伝えられるから。
だからこんなもの、オレには関係ない。
でも、もし、オレが今、これを手に取ってレジに持っていったら、ここにいる人たちはどんな反応をするだろう?
モテない見栄張りの男が自分のために買っている?
ホモの男が相手のために買っている?
きっとそのどちらかだ。
どちらにしても周囲の奇異の目を買ってしまうのは確実で、もしたとえそうなっても構わないと腹はくくってるけど、でもそれはたぶん、得策じゃない。
「なに見てんだよ!」
「うわっ」
突然、肩をたたかれてオレは飛び上がった。
そこにいたのは朝から一緒に窓拭きをしていた仕事仲間。
一緒に買い出しに来ていたのをすっかり忘れていたばかりか、考え込んでいて後ろに来たのにも気づかなかった。
“普通の”人間である彼の気配に気づかなかったなんて、忍者失格だ。
一甲がこの場にいたらあとで小一時間は説教を食らうに違いない。
「あー、でもわかるわかる。この時期、気になるよな〜」
反対側からも声がかかる。
もう一人の同僚が棚の商品を手に取って、戻した。
「でもさ、椎名なんて一杯もらうだろ?」
言われたのは意外なセリフ。
「オレ?もらわねーよ」
かろうじてそう答えると、頭を小突かれた。
「またまた〜謙遜しちゃって〜こん畜生!」
「そうそう、ちなみに去年はいくつ?」
リポーターのマイクの形にした手がオレの口元に突きつけられる。
「え?去年?一つだけど・・・」
あれをバレンタインチョコに入れていいならね。
「へええ!意外〜!」
「だってオレ・・・恋人、いるし・・・」
うわ、言って自分で照れるな。
けど、これは詭弁。
「なーんだ、カノジョいるのかよ〜」
ほら、彼は誤解した。
でも当然だよな。オレの恋人って聞いて男を想定するやつは普通、いない。
恋人、か。上手い言い回しだよな。
でも、嘘をついている訳じゃないけど、少しだけ後ろめたい気がした。
「なあなあ、で、どんな子?」
「どんなって・・・」
訊かれてオレは返事に詰まった。
嘘はつきたくない。けどどう言えばいいのか分からない。
「ん〜・・・秘密」
考えたけど答えは出ないからそう言った。
「なあんだよ、それー」
左右からのブーイングは仕方ない。
「へへ〜ん、秘密は秘密!さ、さっさと帰ってメシ喰おうぜ!遅れると社長ウルサイし」
オレは先に立って逃げるように自動ドアを走り抜けた。
「あ、おい、まてよ!椎名!」
後ろから追いかけてくる足音をオレは持ち場に戻るまで一度も振り返らなかった。

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