< 5>

「天馬…」
伝通院がそっと手を伸ばした。
その腕に引き寄せられるように天馬も伝通院の体に腕を回す。
白衣の肩に顔を埋めると消毒薬の匂いがした。
これも誰かに見られたらマズいシチュエーションであることは間違いないのだが、なにかもう、そんなことはどうでもよくなっていた。
「天馬…愛している…」
「わかってる」
「誰にも、渡したくない…」
「…怖ええな、おい」
耳に直接吹き込まれる伝通院の囁きに天馬はクスリと笑う。
これでやっとこのやっかいなバレンタインデーが終われそうだ。
そう、バレンタイン。
「そうだ、チョコレート」
「?」
不意に顔を上げた天馬が呟いた単語に伝通院が首を傾げる。
「お前のチョコ預かった…つーか、受け取った」
「俺の…?」
キツネにつままれたような伝通院に天馬は先ほどの駅前広場でのいきさつを説明する。さすがに同棲しろと言われたことは気恥ずかしくて省略したのだが。
伝通院はそうか、と頷いた。
「今日中に渡せてよかった。今度彼に会ったら礼を言おう」
嬉しそうに笑った伝通院を見て、天馬はやはり疑問を感じずにいられない。
「お前、なんでチョコなんか買うんだよ。恥ずかしくないのかよ」
伝通院は不思議そうな顔をした。
「恥ずかしく…は、ないな。さすがに売り場の混雑と熱気には気圧されたが」
「…やっぱ、お前ヘン」
天馬は小さくため息をついた。
「…変、ではダメか?」
伝通院がまた心配そうな顔をする。
慌てて天馬は首を横に振った。
また土下座されてはたまらない。
「ダメじゃねーよ」
そう言って、まだ伝通院の背中に回したままだった腕に力を込めて引き寄せる。
そっと顔を寄せ、伝通院の唇に、唇で軽く触れる…つもりがしっかりと捕らえられてしまった。
久しぶりのそれは巧みで天馬を逃がさない。
唇をなぞり、舌を絡め、口腔を味わう。
長い長いキス。
名残惜しげに唇が離れたとき。

ぐうううううう

百年の恋も冷めるような異音。
人それを「ハラの虫」と言う。

「笑うなっ!!」
こらえ切れずに背を向けて吹き出した白衣の背中を拳で叩く。
「くそー!帰る!俺は帰るぞ!帰ってメシ喰って寝る!」
クルッと踵を返し歩き出そうとした天馬の手を伝通院の手が捕まえた。
ここで逃げられては困る。
「なにが食べたい?」
幸せそうな笑顔の伝通院が放ったその言葉の効果が、どれほどだったのかは言うまでもなかった。

                              The End

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