<12>
行楽帰りの渋滞の中を国防省カラーのHondaエレメントはのろのろと進んでいた。
車内は沈黙に包まれている。
運転するのは壮年の“月光”隊員。そして後部座席に弓道天馬と椎名鷹介。
消去法で最後に残った二人は、最後の責務として隊長に任ぜられた運転手によって都内まで送られていくところだ。
その気遣いをありがたく受けたが、正直、こんなことなら電車で帰ればよかったと、後部座席の右端と左端に座った二人はそれぞれそう思っていた。
車は遅々として進まないし、どうにもお互い居心地が悪い。
できるだけ遠く離れて座ろうと両端に座ったが、狭い車内ではそれも限度がある。
その様子はまるで小学生が「ここから進入禁止!」と机に線を引いたり下敷きを立てたりするのに似ていると、ハンドルを握る“月光”隊員は、ほほ笑ましく思っていた。家に帰れば10歳を頭に4人の子持ち、というのは本編と関係のない話である。
「それでは、私はこれで」
二人を降ろし、敬礼とともに去っていくエレメントを天馬と鷹介は黙って見送った。
月はとっくに中天にさしかかっている。
二人が立っているのは昼間ユウヒが暴れた場所だった。
さすがに瓦礫は片づけきれなかったようだが、崩れそうな危険物は撤去され、車や人の通行はできるようになっている。
もちろん、修理ドックに移送されたユウヒもここにはない。
無言のまま鷹介が歩き出した。
天馬も反対方向に歩き出す。駅の向こうに置いてきたバイクを持って帰らなければならないからだ。
「おい」
その天馬を鷹介が呼び止めた。
「なんだよ」
天馬が足を止める。
「ちょっと来いよ」
うるせえ、と無視することもできたが、なんとなく天馬は鷹介に歩み寄った。
鷹介はそのまま無言で瓦礫を踏み越え、立ち入り禁止のテープをくぐって一件の店の中へ入っていく。
いいのかよ、と思いつつ天馬も後に続いた。
店は洋菓子店かなにかだったらしく壁際には破壊を免れたショーケースが残っていた。照明がないので中に何が入っていたのかはわからない。
ついでに足元もよく見えないので鷹介と距離が開いてしまう。
やはり相手は忍者なんだと天馬は思った。
「あれ?」
不意に鷹介の姿が見えなくなった。
「こっち」
前方の床でライトが光った。
近づくと鷹介がしゃがみ込んで瓦礫を動かしている。
「何探してるんだ?」
「これ」
と鷹介は何かを差し出した。ちいさな携帯ライトの輪の中に浮かび上がったのはほこりまみれの紙製ショッピングバック。茶色か黒の濃色地に金色のアルファベットが型押しされたそれはこの店のものだろうか。
返答に困っている天馬をよそに鷹介はいくつかの紙袋を足元に集めて、1つずつ中を点検していく。
「やった。当たり。はい、これお前の」
鷹介がそう言っていくつ目かの袋を天馬に突きつけた。
「俺の?」
「そう。・・・あ、オレのも見〜っけ。ちょっと持ってて」
もう一つ袋を天馬に持たせ、足元の紙袋を一ヶ所にまとめる鷹介を天馬はぼーっと見ていた。
「じゃあ、出るぜ」
何が何だか訳がわからないまま、今度は店を出るという。
よく見えない状況では何も出来ないので天馬は鷹介に従った。
「サンキュ。じゃあこれがオレの。こっちがお前のね」
「どういうことだ?」
月明かりと街灯の下に来てやっと天馬は鷹介に訊いた。
「この店、宛名カードをサービスしてくれるんだよ。ほら、お前の持ってるヤツto TENMAって書いてあるだろ。俺のはほら」
と鷹介が差し出したカードにはto IKKOUと書いてある。
「昼間、ここにチョコレート買いに来て、偶然、伝通院センセイに会った」
「チョコレート?!」
鷹介の口から意外な話が出て天馬は面食らった。
「そう。今日バレンタインじゃん」
「いや、そりゃそうだけど・・・男がチョコ買いにって変じゃねえ?」
鷹介はクスっと笑った。その反応は去年の自分と同じだから。
「オレもそう思ってた。一甲とのことは誰にも言えないって。でもオレ、お祭り好きだからさ、なんか祭りに参加できねえのって我慢できなくて。考えて考えて、ふっきれたつもり今日ここへ来た。でもいざ店に入ろうと思ったら女の子ばっかでやっぱり入りづらくて。ここで迷ってたら、センセイに会った。俺は仕事、って窓拭きとかなんだけど、それで何回か京南大学病院に行ったことがあって、センセイとは顔見知りだったんだ。で、ちょっと話したらセンセイもチョコ買いに来たって・・・」
天馬は頭を抱えた。
なんとなくその時の伝通院が想像できたからだ。
天才外科医の自覚のない伝通院のこと、絶対、「バレンタイン→恋人にチョコ→買いに行こう」の三段論法で、さらに看護士さんたちにどこのチョコレートが美味いか、なんて聞いてホイホイ買いに来たに決まってる。自分が男だとか天馬も男だとかそんなこと考えていないはずだ。
「うれしかったぜ。やっぱさ、覚悟決めてても一人で突破するのは勇気がいるからさ」
照れ臭そうに言う鷹介は絶対伝通院を誤解している。それもいいほうに。
「だからさ、お前も二股してんじゃねえよ」
「ふ、二股って・・・なんでそういう結論になるんだよ。俺はなんにもしてねえぞ。さっきのだってロギアが勝手にしたんだし」
あまりに心外な言われように天馬は怒るよりあきれた。まさかそんなふうに思われていたとは。
「だってずっとお前、あのロギアってヤツにベタベタしてたじゃん。センセイ、ずーっとお前らのほう見てたの気付いてたか?」
「ベタベタ?」
天馬は本当に首をかしげた。
「信じられねえ!無自覚かよ!」
「うるせーよ!んなもんお前らの勝手な思い込みだろうが!アイツはなあ、ロギアはなあ、俺たちに味方したせいで、ウオフ・マナフに処刑されたと思ってたんだよ、俺は!それが生きてたんだ。嬉しくて当たり前だろうが!」
「だからって限度ってもんがあるだろう!」
「知るかよ!」
止めるもののいない口げんかはエスカレートするばかりである。
「くそっ!おい、やるか?!」
「いいぜ!」
殴る、蹴る、投げる。
引っ込みのつかなくなった二人は取っ組み合いを始めた。
忍術を遣えば鷹介の楽勝なのだが、がむしゃらに突っかかって来る天馬には鷹介も素手での応戦一方となる。ウ〜〜〜
どこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「お巡りさーん!こっちですー!こっちでケンカしてますー!」
通りの向こうで警察官を呼ぶ声に鷹介と天馬ははっと我に返った。
「やべっ!」
「逃げろ!」
二人は大急ぎで離れ、その場を逃げ出した。
とりあえず問題の紙袋を拾うことだけは忘れずに。ガードをくぐって駅の反対側まで逃げ、ようやっと二人は足を止めた。
「ふう」
「はあ・・なにやってんだ、俺たち」
「それはオレのセリフだ」
「なに?もう一回やるか?」
「何度でも相手になるぜ」
とお互い相手の胸ぐらを掴んだところで、どちらからともなくため息をついた。
「悪イ。立ち入った事を言った」
と鷹介。夕方にも一甲に釘を刺されたばかりだった。
「いや、俺もむきになって悪かった」
と天馬。
「けどさ、お前があんまり洸の肩持つからさ・・・」
「だってなんか黙って見てるあの人が気の毒で・・・オレのばあい一甲が超ストレートだから余計気になるのかも」
「ああ、アイツおっかねえもんな。それこそキスされたのがお前だったら宇宙船ごと落とすんじゃねえ?」
天馬の指摘に鷹介はうっと詰まった。
「・・・一甲ならたぶんやる・・・」
「シャレじゃねえのが怖えよな。でも、洸にもちょびっとくらいそういうところがあってもいいような気がするなあ。アイツ、めちゃくちゃ分かりにくいんだよ。俺と一緒にいてアイツ楽しいのかなーってよく思う」
ふと天馬はそう言った。なぜそんなことを鷹介に話す気になったのかは天馬にもわからなかった。
「そうなのか?お前の事話すとき、すごく幸せそうに見えたけど」
「ホントかよ?お前にはわかって俺にはわかんねえのか?それって俺らホントにつきあってんのか?」
「つきあってんだろ?じゃなかったら、わざわざ男がチョコ買うかよ。覚悟決めてもやっぱり恥ずかしいんだぞ」
「うーん・・・まあ普通はそうだろうけど・・・」
伝通院洸は普通ではない。どうもそれについて鷹介は誤解しているようだと天馬は思った。男性がバレンタインチョコを買うということは普通ではない、だとかそれを恥ずかしいと思う感覚は持ち合わせていないだろうと天馬には推測できた。
「じゃあ、おまえはどうなんだよ」
黙ってしまった天馬に鷹介はズバッと切り込んできた。
「俺エ?」
いきなりの攻撃に天馬がたじろぐ。
「そう。おまえはセンセイのこと好きなのか?」
「そ、そら・・・その・・・好き、かな?」
詰め寄られてそう答えたが、やはり好きなのだと思う。
(じゃなきゃ、あんな変人と付き合えねえよな)
「それ、ちゃんと毎日、センセイに言ってるか?」
「毎日って・・・普通言わねえだろ。てかそういや洸とここ2週間くらい会ってなかったような・・・」
「なんで!?」
心底意外だという風に大げさに鷹介が驚いた。
「なんでもなにも・・・だってアイツ忙しいじゃん。さっきだって電話で呼び出されてたし。デートのドタキャンなんて何回あったことか」
「そうなのか・・・」
鷹介は暗澹たる面持ちになった。自分は一甲との約束を反故にされたことはない。ジャカンジャと戦っていた時は邪魔をされたこともあったが、終われば少しくらいのデートはできた。今はお互いシフト制で働いているのですり合わせて予定が組める。もちろん夜勤などで顔を合わせない日もあるが2週間も顔を見ないことはない。なんと言ったって同じ部屋に住んでいるのだから・・・。
「そうだ!」
突然鷹介が立ち上がった。
「?え?なんだ?」
戸惑う天馬の隣に鷹介はまたしゃがみ込んだ。
その顔が悪戯を思いついた魔女に見えるといったら怒るだろうか。
「お前ら、一緒に住めばいいんだよ!そしたらデートは出来なくても顔くらい見れるじゃん!」
「ええええ〜!」
突然の提案に天馬がたじろぐ。
「だって好きな相手と一緒にいられないってそんなの絶対よくない!」
目をきらきらさせて力説する鷹介はとても奇妙な生き物に見えた。
(ひょっとしたら、コイツも相当変人なんじゃないか?)
そんな気が頭をよぎる。
「そうだよ、絶対それがいいって」
「そ、そう、か・・・?」
「そう!」
力強く断言される。
天馬に反論の余地はなさそうだ。
(なんで俺の周りには変人ばかり集まるんだろう・・・)
伝通院然り、鷹介も然り、一甲はもっと変で、ロギアも変だ(あれは異星人だが)。考えれば仁も豪も、誠、辰平、直人、剣、美加、涼子、蘭、愛・・・さらに沖田や御薗木、堀口博士まで含めてもやはり変人ぞろいに違いない。
類友、という言葉が浮かんだが慌てて天馬はそれを打ち消した。
(俺はマトモだ!)
「じゃあ、そういうことで、伝通院センセイによろしくな!」
鷹介はそう言って立ち上がった。勝手に提案して、反論がないのをよしと勝手に納得したので帰るらしい。
「お、おう。気をつけてな」
「天馬もな!」
そう言って鷹介は足取り軽く駆け出した。
瞬きするうちにその姿が見えなくなる。
「忍者って・・・・」
一日分の疲れがどっと押し寄せたような気がして天馬は大きくため息をついた。
その足元をどこからか飛んできたチラシが吹き過ぎる。バレンタインスペシャル感謝デー
書かれた文字にまた盛大にため息をつく。
バレンタインが嫌いになりそうな天馬だった。THE END