その日、霞一鍬は一人修行をしていた。
兄の一甲は豪雷神のメンテナンスとやらでおぼろ研究所に出かけている。
ついていってもよかったのだが、七海が仕事でいないというのでやめた。
一甲には「現金な奴だ」と揶揄されたが、兄者よりはましだと切り返しておいた。
(まったく兄者の鷹介に対する態度ときたら・・・)
一鍬は嘆息する。
なぜ、鷹介だったのだろうと、今でも思うことがある。
兄には幸せになって欲しいと常々思っていたが、それは決して今のようなものではなかったと思う。
だが、先だって一甲に「戦いが終わったら鷹介と暮らす」と宣言されたときにはもう反対する気も失せてしまっていた。
かといって全く手放しで祝福できるほどわだかまりがないわけでもないのだったが。
そこへ突然、鷹介がやってきた。
「手合わせをしてくれだと?」
いきなりの申し出に一鍬は怪訝な顔をした。
鷹介が兄の一甲ではなく、一鍬に頼みごとをするのはとても珍しい。
「兄者に頼めばよかろう」
一鍬はそう答えた。
あの兄のこと、知らぬところで鷹介と二人きりになったと知れたらいい顔はしまい。
「・・・一甲じゃダメなんだ。訓練にならない」
少し俯いて鷹介が答える。
「ふん。兄者には勝てぬが俺なら、ということか。見くびられたものだ」
「違う。反対。一甲となら5本に1本は取れる・・・この意味わかるか?」
思わせぶりな鷹介の言い方に一鍬は秀麗な眉をよせ一瞬考え込んだ。
「・・・なるほど、兄者も甘いな」
鷹介たちがこのところ急激に腕を上げていることは一鍬も認めるところだが、兄から5本に1本というのはさすがに無理だ。つまり、兄が手加減している、とそういうことだろう。
「いいだろう。相手をしてやる。一度、お前とはきっちり決着をつけておきたかったところだしな」
いい機会だ、と一鍬は思った。思い切りぶつかり合ってみれば自分に巣くっているこのわだかまりも解けるかもしれない。
「俺は兄者と違って手加減はせんぞ」
「わかってる」
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「もう、終わりか?」
「ま、まだ・・・まだだあ!」
短い冬の日がすっかり沈んでも二人の打ち合いは続いていた。
お互い既に息が上がっていて全身泥まみれの擦り傷だらけだが、気迫だけはまだ十分である。スタミナ不足が否めない鷹介の方が多少劣勢だが、一鍬にもいつもの技の切れとスピードが欠けてきていた。
鷹介が膝をついた。
そこへすかさず一鍬が木刀を振り下ろす。
間一髪、横へ転がってそれをかわし、鷹介は立ち上がった。
木刀を構え直し、まっすぐ突っ込む・・・はずだったが足がもつれて地面にダイブしてしまった。
はずみで木刀が一鍬の足元へ転がる。
「俺の勝ちだな」
これ見よがしに鷹介の木刀を踏みつけ一鍬は言った。自身の木刀はまだ構えたままだ。次の一歩を出せば致命的な一撃を与えられる。
一鍬の視線と地面から顔を上げた鷹介の視線が絡む。
ふっと鷹介が笑った。
「・・・ちくしょーっ、降参!」
そう言って鷹介はぱったりと伏せた。
一瞬、その無防備な背中に木刀を打ち込んでやろうかという気がしたが、一鍬は軽く頭を振ると鷹介に歩み寄った。自分も倒れ込みたいのを木刀を支えにしてしのぐ。
こんなことででも意地を張りたい自分は心底馬鹿だと思った。
「感想は?」
足元に息も絶え絶えに転がっている鷹介を見下ろして一鍬は訊いた。
「お前、やっぱり強いな」
「・・・で、なんのつもりだったんだ?」
「訓練、って言わなかったか?」
「ふん、それで俺が誤魔化せるとでも?伊達や酔狂で俺のところへ来たわけではあるまい」
「誤魔化してるわけじゃねーよ。つきあってくれてサンキューな、一鍬」
それで鷹介はおしまいにするつもりだったが、一鍬には通じなかった。
無言で続きを促す一鍬を見上げてため息をつき、鷹介は観念したように身を起こして座り直した。
「一鍬は、ジャカンジャを倒したらどうするつもりだ?」
問われて一鍬がまた眉根を寄せる。質問していたのは自分の方ではなかったのか。
鷹介の真意を計りかねて、擦り傷だらけの顔を見下ろす。
「そんなこと、その時になってみなければわからん」
だいたい、それまで生きている保証がどこにあるというのか。
(ああ、でもこいつは・・・)
鷹介は一度、死神の手を振り切った。一鍬が諦めた一甲の命を取り戻し、自らも死の淵からよみがえった男。彼には明日死ぬかもしれない、という懸念はないのかもしれない。
どこまでもまっすぐ未来だけを見つめている存在。その眩しさに兄は魅かれたのだろう。
(だが俺には眩しすぎる)
人が太陽を直視できないように、鷹介が苦手なのだと一鍬は思った。
(俺が欲しいのは・・・)
一鍬が欲しているのはもう少しやわらかな、そう、春の日だまりのような存在。
(七海・・・)
「七海がさ」
「えっ?」
突然、思い描いていた人の名前を出されて一鍬は慌てた。
「な、七海がどうした?」
「おぼろさんに言ってたんだ。一鍬と一甲は迅雷流を再興するためにどこかへ行ってしまうだろうって」
俯く鷹介。
だが、言われた一鍬も困惑していた。七海にそんなふうに思われているとは思ってなかったのだ。
確かにそんなことを喚いて彼女を振り払ったのはつい先日のこと。自分としてはあの一件でむしろそういったものがどうでも良くなっていたのだが、彼女にはそうは見えなかったのか。そして今の口調では鷹介も同じように考えているらしいと理解する。
「なるほど」
一鍬は気づいた。今日のこの鷹介の突飛な行動の理由に。
その事実に心の底に残っていたあのわだかまりが爆発する。
「そんなうわさ話を真に受けて俺のところへ確認に来たのか!兄者はお前との未来を選んだと言うのに、お前は兄者を信じてないのか!」
疲れも忘れ、思わず鷹介の胸ぐらを掴み上げる。
「そういうわけじゃない!・・・でも一鍬、おまえ、こだわってたじゃん。で、おまえがそっちの道に行くなら、やっぱ一甲は一緒に行かないといけないだろうし・・・」
およそ鷹介らしくない気弱な言い分に怒りが込み上げる。
「ならばお前もついてくればよかろう。いままで散々に干渉してきたくせに今頃になって殊勝なことを言ってんじゃない!」
「けど!」
反論しようとして鷹介は一鍬から目を背けた。
「・・・オレは・・・お荷物になるのはイヤだ・・・」
「勝手なことを!」
一鍬は鷹介を叩きつけるように投げた。反射的に受け身を取る鷹介の前に木刀が飛んでくる。
「立て。自分の技量がわかっているのなら、それを上げる努力をしろ。今のお前には兄者と歩む資格はない。誰が何と言おうと俺が許さん。それが嫌なら立って向かってこい」
言いながら一鍬は馬鹿なことをしている、と思った。こんな奴弱気になって自滅すればいいのだ。向上心のない鷹介など兄も相手にすまい。兄にとってはそのほうがよいようにも思えるのだが。
正眼に構えた木刀の先から空気がビリビリと帯電し始める。
「お前が立たぬなら斬る」
迅雷流は闇の忍術、得物が木刀であっても人は殺せる。鷹介にこの本気の剣を受けて立つ気があるのか。
ゆっくりと、鷹介が立ち上がった。足元の木刀を拾い上げ大上段に振りかぶる。
「いくぜ、一鍬!」
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今度こそ二人は揃って地面に転がる羽目になっていた。
既に中天にさしかかった月が互いの顔を照らしている。
「ハ、ハンサムが台無し・・・だな・・・」
「なんの・・・おまえこそ、兄者にその顔を・・・見せられるのか?」
顔を見合わせて互いにくすりと笑い、沈黙が落ちる。
二人は地面に仰向けに転がって荒い息を吐きながら、空を見ていた。
呼吸が落ち着くにつれ、一鍬は自分の心がこの冬の夜空のように凛と透き通っていくのを感じた。
己の行くべき道、心の在処、願望・・・そういったものが鮮明に見えるような気がした。
「・・・悪いが、俺はどこへも行かんぞ」
ぽつりと一鍬は言った。
「え?」
首だけ動かして鷹介が聞き返す。一鍬はわざとそちらを見ないようにした。面と向かって心情を話せるほど神経は太くない。
「俺は・・・この世の中に兄者の他に大切なものなど何一つないと思っていた。迅雷流であるということも兄者との絆であるということ以上に意味があったのか今では疑わしい・・・そして、俺も見つけてしまったのだ。兄者より大事なものを」
「それって・・・七海のことか?」
鷹介が半身をおこしてにじり寄ってきた。その視線から逃れるように一鍬はそっぽを向いた。
「他に誰がいる」
「そりゃ、そうだとは思ってたけど・・・でも、それ、七海に言ったか?」
「いや」
「だよな・・・じゃなきゃ七海はあんなこと言わねえよな・・・ああ、畜生!」
どさり、と鷹介がまた転がる。
「それ言っといてくれたら、オレ、こんなことしなかったのに。まったく、お前ら言葉省きすぎ!」
「人に付き合わせておいてこんなこととはなんだ。やってみて自分の至りなさがわかっただけでもありがたいと思え」
「う」
鷹介が返答に詰まる。
「今はジャカンジャを倒すことが先決だ。俺は兄者のように器用ではない。一旦、思いを告げてしまえば一緒に戦えない気がするのだ。七海とて俺の言葉が枷になって戦えなくなるのではないか?」
「そんなことない!負担になんか思うはずねーよ。気持ちが宙ぶらりんのままじゃその方が負担じゃないのか?」
「そうなのか?」
「そ、そうにきまってんじゃん!・・・でも、おまえらってホント兄弟なのな。言葉足りなさすぎ。気持ちってさ、伝わってるようで伝わんないんだよ。いや、そうじゃねえ、中途半端に伝わってる気持ちが一番辛いか・・・」
鷹介は言葉を切った
「一甲もなかなか「好きだ」って言ってくれなくて・・・だからホントの気持ちがわかんなくて。伝わってくるものを自分に都合のいいように解釈してるだけじゃないかって、そんなふうに思ったりね。とくにサソリのことで一甲、オレにいろいろ隠してたじゃん。だからオレどうしても訊けなくて・・・そういうのって本当に辛いんだぜ」
そっと首を巡らすと鷹介は遠い目をして月を見ていた。また満月を迎えようとしている月は、一甲が死にかけていたあの頃を思い出させる。だが、死に行かんとするその時でも一甲は鷹介を見ていた。あの状態が辛かったというのか鷹介は。
「言葉などなくても態度でわかるだろう」
「わかんねーよ。オレたちは超能力者じゃない。言葉で伝えなきゃ伝わらないんだ・・・一鍬、七海のこと好きなんだろ?それ、オレたちが見てても七海本人から見てもなんとなくわかるぜ。けど、本当はどうなのか、とかどのくらいの好きか、なんてわかんないじゃないか。今が非常事態だっていう一鍬の気持ちもわかんなくないけどさ、きっと七海、悩んでると思うぜ」
「そういうものなのか?」
「たぶんね・・・少なくともオレはそう。それにさ、一甲に好きって言われたらすげえ強くなる気がするんだぜ。絶対、七海だってそうだって」
「ふん、単純だな」
わざと小馬鹿にしたように一鍬が切り返す。だが、その頬に浮かぶ笑みはいつもの冷笑とは別のものだった。
それを見て鷹介が嬉しそうに笑った。
「単純じゃねーの、オレが標準なんだよ。お前らが複雑すぎんの。とにかく!お前と七海がうまくいってくれなきゃ、オレが困るんだから・・・・・・頑張れよ、一鍬」
「お前の応援など・・・まあ、応援だけは受け取ってやろう・・・ああ、そうだ。もし七海にフラレたら、そのときは口うるさい小舅になってお前と兄者の邪魔をしてやるから心しておくんだな・・・義兄上」
「な、なんだよ!その義兄上って!」
「お前が兄者と一緒になるなら、つまりはそういうことだろう」
ふふん、と一鍬が笑う。恐ろしい未来予想図に鷹介は頭を抱えた。
<エピローグ>
遠くから聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。
「あれは・・・?」
「兄者のバリサンダー?!」
エンジン音の正体に気づいた一鍬と鷹介は慌てて跳ね起きる。
こんなところを見つかったら、何を言われるかわからない。
が、時既に遅し。
時速750kmを誇るスーパーバイクは逃げる間も無かった二人の眼前に派手な土ぼこりを上げて停止した。
「二人とも、こんなところで何をしている」
いつもより1オクターブ低い声音で問われて泥だらけの二人は首をすくめる。
「い、いや、兄者、これは、その・・・」
「修業、だってば。うん、そう、自主練!」
日々鍛練の男、霞一甲ならこの手で納得させられると鷹介は踏んだが、それは地雷であった。
「ほう、見上げた心がけだな。ジャイロとチェンジャーのスイッチを切ってまでする自主練とはな。明日早速成果を見せてもらうとするか」
「明日〜〜〜!!」
「あ、兄者、明日も豪雷神のメンテナンスでは・・・」
「ほぼ、目処が立った。後は俺がいる必要はない」
Oh,My God・・・
明日の地獄を予想してシュリケンジャーと化してしまう一鍬と鷹介だった。
The END