X'mas Scramble
12月24日はクリスマスイブ。
本来の祝祭とは意を異にするが、ここ現代日本では一般に恋人たちの最大のイベントデーだ。
「ふう・・・」
運んできた皿やグラスを置きながらオレは小さくため息をついた。
ニューオープンのちょっとおしゃれなフレンチレストランの店内はクリスマスを楽しむカップルで賑わっている。しかし、彼らが楽しめるのは、それを支える働き手達が自分のイベントを犠牲にしているからだということを遅まきながらオレは知った。
そう、あれは3週間ほど前。
「しーなくん!」
「うわっ!」
気持ち良く窓を拭いていたオレは、突然視界に現れた顔に心底驚いた。
あやうく地上22階からバケツを取り落とすところだ。
「社長!いきなりなんなんですかもう・・・」
磨きかけの窓を開けて尋ねる。彼女の唐突さは今に始まったことではないので、言っても仕方がないのだけど。
「24日は空いてるわね?」
有無を言わせぬ口調。彼女がこういう形で予定を訊いてくるときは、まず間違いなくすでに仕事を組まれている時である。
もちろん一甲の顔が頭をよぎったけど、やっぱり言い出せなかった。
まあ、一甲も結局仕事だったし・・・オレたちはこれでいいのかもしれない。
工事の遅れで、今日は休みになるはずだった一甲も仕事に出かけていた。
でも、たとえお互いが休みでもオレたちはここには来れないよな。
だって、この若い男女のカップルしかいない店内にきっとオレたちはそぐわない。
寂しい男の二人連れか、そのものずばりホモのカップルか・・・どちらにしても周囲の奇異の目を集めるだろう。
だからきっとお互い仕事だったのは好都合だったんだ。
あ、仕事っていえば七海と一鍬は気の毒だったな。
本来なら、あの二人、ディズニーシーに行く約束だったらしいが、七海の仕事のせいでキャンセルになったらしい。結局は一鍬も仕事だったので結果的には都合がよかったわけだけど、それでも最近七海が忙しくて会えなかったらしい一鍬はかなり落ち込んでた。
それでもお互い夜までの仕事だから終わったら七海を誘うんだって、一鍬は苦手のタウン雑誌をチェックしていたっけ。
相変わらずオレと一鍬は適度な緊張関係(?)ってやつだけど、やっぱりアイツは大事な仲間で、同じくらい大切な七海とうまくいってほしいとオレは思っている。
一鍬、首尾よくやってるといいけど・・・。
「おい、バイト、さぼるな!」
「あ、はい!すみません!」
はっと我に返ってオレはカウンターに駆け寄った。
今日は予約だけでほぼ満席状態。それでも並んで待つ客が店の前に列を作っているので、厨房もフロアも限界まで働かないと回らない。物思いにふけっている暇はなさそうだった。
午後9時をだいぶまわってから、ようやく長蛇の列がなくなり、店は少し落ち着いた雰囲気を取り戻していた。
まだ店内は満席に近いが、遅いディナーを楽しむ客も日付が変わるまでには出ていくだろう。
うまくいけば1時には帰れるかもしれない。
「いらっしゃいませ!」
おっと、新しい客が来たらしい。
振り返ったオレの目に入ったのは、ファッション誌のグラビアのような着こなしがハナにつく細身の男と・・・
「げっ!な・・・」
叫びそうになった口を慌てて押さえた。
なんとそのカップルの片方は新進気鋭の(?)アイドル野乃ナナ、つまりは七海だったのだ。
向こうもオレに気づいたらしく、黙っていろとサインをよこす。
けど、そう言われても黙ってられるわけないだろ!
“七海、なんだよ、この男は”
隣のテーブルを片づけながら七海にしか聞こえない声を出す。こういうときは忍者でよかったと思う(って言ったら一甲に殴られるけど)。
“仕事よ、仕事”
仕事だって?イブの夜に男と二人で食事って、どんな仕事だよ。お前、歌手じゃなかったのか?
“しょうがないでしょ!今度、曲を書いてもらうのよ。だから断れなくて・・・”
う〜む。
オレはちらりと背後の男を盗み見た。
「ん?どうしたのかな、ナナちゃん。なんでも好きなものを頼んでいいよ」
曲を書くというからには結構売れてるアーティストなんだろう。最近テレビ見ないから知らないけど。
フッと口元で笑うしぐさは嫌みなほど自信に満ちあふれてて・・・しかもスケベだ!
オレは男だから分かる。
絶対、こいつ七海狙いだ。
“とにかくできるだけ早いとこ切り上げて帰るから黙ってて”
“切り上げてって、お前どうやって・・・トイレの窓から出るか?”
“そんな古典的なマネが通用するとでも思う?・・・手はこれから考えるわ”
七海はそう言って目の前の男との会話に戻る。
これから考えてどうにかなるとでも思うのかよ!と叫びたかったが、片づけた食器を持ったままここにいつまでも立ってる訳にはいかず、オレはしぶしぶその場を下がった。NEXT