New Year's DAY
1月1日、元旦。
この日に自宅にいるのは何年ぶりだろう、と思いつつ、伝通院洸はソファに座って正月特有の雰囲気を醸し出すテレビをぼんやりと眺めていた。
ちらりと足下に目をやれば目下熱烈(?)恋愛中の恋人がいる。
ソファにも座らずにテレビに見入っている天馬の様子からすれば相当に面白い番組なのだろうが、普段あまりテレビを見ない伝通院にはついていけない。しかも昨夜の夜勤に起因する眠気が波のように押し寄せて彼を引きずり込もうとしている。
大晦日の救急外来は普段にも増して忙しく、朝までに交通事故が重軽傷合わせて5件と若者グループの喧嘩が2件あった。年越し蕎麦をかぶった熱傷の幼児もいた。それをほぼ不眠不休で治療して、解放されたのが朝の10時。それから天馬と待ち合わせて「どこから・・・」とぼやきたくなる人出の神社に初詣にでかけ(思えば初詣も10年ぶりくらいか)、さっき戻ってきたばかり・・・となるとさすがに超人的な体力を誇る彼でも睡魔には勝てなくて当然だろう。
だが、せっかく天馬と二人で過ごしているのに寝てしまうのはあまりにも勿体ない。
できればそう、このあと少々色っぽい展開に持ち込みたいと、不埒な計画を持っていたりもする。
そんなことを考えながら茶色い後頭部を眺めていたら、不意にそれがこちらを向いた。
慌てて伝通院は居住まいを正す。
「ど、どうした、天馬」
「洸、寝てたのか?」
「い、いや、寝てはいないぞ」
本当はかなり寝ているに近かったが、伝通院は否定する。
天馬が眉間にシワを寄せた。
「疲れてんなら、寝たほうがいいんじゃないか?もしかして、俺、無理につきあわせたのか?」
「い、いや!無理なんてことはないぞ。お前と正月を過ごせて嬉しい」
力強く伝通院は否定する。これは間違いなく本音である。
「そうかあ?」
天馬は疑いのまなざし。
「そうだ。今はその・・・少しぼんやりしていただけだ」
そう言って伝通院は天馬を引き寄せた。
ガサリ、と天馬の手から何かが落ちる。
「?新聞?」
天馬が新聞を読むとは珍しいこともあるものだ。
そんな伝通院の思いを察してか、天馬は口を尖らせてしまう。
「ちぇ、どうせ珍しい、とか思ってんだろ」
とっさに言い訳を思いつけなかった伝通院の腕から天馬はすり抜けて、床に落ちて広がった新聞を拾い上げる。
「ま、いいや。それより、これ見ろよ」
そういって天馬が差し出したのは特集記事。昨年一年間の重大事件が集められているものだ。しかし、当然ながらここにウオフ・マナフは登場しない。あの大災害とも言える大事件は人々の記憶から消されることはなかったが、マスメディアからは潮が引くように消えてしまっていた。いずれその記憶は時間とともに風化して行くのだろう。
そして、天馬が言いたいのもそのことではなかったようだ。
「これこれ、この記事」
天馬が指したのは『おれおれ詐欺・多発!!』という見出しだった。
昨今、聞かない日はないというくらい有名な電話によるなりすまし詐欺である。その一例に医師になりすました詐欺師が「医療事故を起こした」といって家族に示談金を振り込ませる手口があると書かれていた。
これについては伝通院も知っているし、院内で文書による警告が回っていたように記憶している。
「これがどうした?」
「洸ン家も危ないんじゃねえ?」
「は?」
思わず間の抜けた声が出た。
テレビを見ていたはずが、珍しく新聞を読んでいると思えばそんなことを考えていたのか、と伝通院は内心苦笑する。
しかし、それだけ心配してくれているということなのだろう。
だが。
「それは大丈夫だ。騙される相手が居ない」
「へ?」
今度は天馬が首をかしげる番だ。
「両親ともすでに他界しているんだ」
「ええっ?そうなのか!」
「ああ」
「そっか・・・その、ごめん」
「気にすることはないさ。言われるまで俺も忘れていた」
そう本当に忘れていたのだ。
十三回忌もとうに過ぎて、ここ数年は忙しさを理由に墓参りもさぼっている。
生きていれば二人とも老人と言われる年齢になっていて、もしかしたら騙される立場になっていたかもしれないが、そんな“もしも”を考えても仕方がない。
(しかし・・・)
と伝通院は新聞に再び目を落とした。
「犯罪は許されるものではないが、被害者にも問題があるな」
「?なんで?」
分からない、という顔で天馬が再びソファに上がってくる。
「当たり前だ。過失で患者を死なせたのならきちんと公にして相応の刑事責任を取らなければいけないんだ。親心といえば聞こえはいいが要は金で責任を回避できると思っているということにならないか?」
「・・・・」
軽く同意を求めたつもりだったが、天馬は難しい顔をした。
「・・・俺の言っていることは・・・もしかして変か?」
恐る恐る伝通院は尋ねた。持論が世間の認識とズレているのはままある現象だけに不安である。
が、天馬は首を横に振った。
「いや、そんなことはねえ思うけど・・・洸って、そのやっぱり・・・」
「なんだ?」
「カタブツだよなあって」
あきれたような天馬の口調に伝通院はがっくりと肩を落とした。
今更言われなくても分かっている。だが、改めて面と向かって言われるのも堪えるものだ。
「あ、ごめんごめん。悪い意味じゃなくて。な、洸、ほら、そんなんじゃなくて・・・だから俺は・・・おまえのそういうとこ・・・好きだぜ」
照れ臭そうに、最後は早口でそう言って、天馬は伝通院の唇にキスをした。
軽く触れて逃げるつもりのそれを伝通院は素早く捕らえ、より深く口づける。
伝通院の中で睡魔と戦っていた欲望が俄然、優勢になった。
息ができなくなるほど天馬を追いつめてからゆっくりと唇を離す。
「なるほど、カタい方が好きだということか?」
笑いを含んだ伝通院の言葉を一瞬真面目に受け止めかけた天馬だったが、太股に押し付けられたモノに気付いてカアッと赤くなった。
「ばっ・・・この、ドスケベ!!」
喚いて振り下ろされた天馬の拳は伝通院にきっちり避けられてソファの背にヒットする。
その手を掴んで、伝通院はまんまと天馬を組み敷いた。
「スケベな男は嫌いか?」
再び唇を重ねながら伝通院は囁いた。
ふっと天馬が笑った。
「・・・嫌いならここにいねえよ」
「・・・でも、ちょっとホッとした・・・」
場所を寝室に移して1ラウンドきっちり愛し合ったあと、ぽつりと天馬が言った。
「ん?なにがだ?」
名残惜しそうに天馬の体に触れながら伝通院は聞き返す。
「や、実を言うとさ、心配だったんだよ・・・いつか・・・お前のお袋さんってのが現れてさ、札束なんかどーんと目の前に詰まれてさ「息子と別れなさい!」なーんて言われんじゃないかって」
「・・・」
伝通院は思わず手を止めて天馬の顔をのぞき込んだ。
いつの時代のドラマかワイドショーかと突っ込みたいような気分だが、言葉も出ない。
あんぐりと口を開けた伝通院を見て、ケラケラと天馬は笑い出した。
「な、おっかしーだろ?ま、とりあえずそれなさそうなんで安心した」
そう言って天馬はまた笑う。
だが、伝通院はふと真面目な顔になった。
「それで、お前はなんと答えるつもりだったんだ?」
静かな伝通院の問いに、天馬も笑いを引っ込める。
「・・・んー、わかんねー。一応、考えたんだけど、わかんなかった。どうしようどうしようってオロオロすっか、いさぎよく身を引くか・・・」
意外な答えに伝通院はまたしても肩を落とす羽目になった。
「お前らしくないな。最後まであきらめるタイプじゃないだろう。“宇宙の意志”と直談判した威勢はどうした? 」
「それはそうだけど・・・こういうのって地球を守るより難しいと思わねえ?」
困ったような顔で天馬は伝通院を見上げた。
そのまましばらく見つめあう。
「俺はどんなことがあってもお前をあきらめない」
きっぱりと伝通院は言った。
そう、たとえ誰かを傷つけることになっても、天馬をあきらめることはできないだろう。足掻いて足掻いて、それこそ天馬本人が音を上げてしまっても最後の悪足掻きをするに違いない。
「・・・怖えな」
天馬はそう答えた。だが、その目は新しい遊びを見つけた子供のように輝いている。
「そうだ。覚悟しろ」
「オッケー。そうだな。俺も負けられねえや。おんなじくらいしつこくなってやる」
「望むところだ」
お互いの返答に同時に吹き出す。
ひとしきり笑ったあと、どちらからともなく唇が近づいて、重なった。
新しい年の門出に思いを乗せて。
終
皆様あけましておめでとうございます
今年もこのヌルさで突っ走りたいと思っております