月が満ちるとき
この宿命はあきらめとともに受け入れたつもりだった。
なのに、願ってしまう。
この寝顔をいつまでもこの腕に抱いていたいと・・・
そっと長い前髪をかきあげ子供のような寝顔に見入る。
「切れといったのに、な」
おまえは泣いてくれるのだろうな。大きな目から涙をこぼし、人目をはばかることなく泣き続けて・・・
そんな顔はさせたくなかったな。
あのまま、仲間などではないと突っぱね続けていればよかったのだろうな、だが・・・
「結局、俺も未熟だということか・・・」
☆ ☆ ☆ ☆
夏の初め・・・
父の呪縛を越えて、この惑星のために戦おうと決めた。
だが、彼らの仲間になるには、我々の犯した愚はあまりにも大きいと思った。
なのに鷹介は、何の屈託もなく話しかけてきた。
つい先日まで死闘を繰り広げた相手になぜそんな態度をとれるのかまったくもって不思議で、その不可解さと仔犬のようなにぎやかさにに苛立ちもした。
だが悪い気もしなかった。彼なりに一生懸命なこともわかった。
だから、望み通りに言ってやった。
「鷹介」と。
まさかただ名前を呼んだだけであんなに喜ぶとは思わなかったのだ。それがそもそもの誤算だったのかもしれない。
それからというものまるで旧来の友人のように振る舞われ、懐かれ、いつしかそれを心地よく感じていた。
ずっと幾多の苦労を共にしてきた一鍬よりも気になる存在になったと気付くのにもそれほど時間はかからなかった。
しかし、その気持ちは封印したはずだった。マンバルバの攻撃を受け、この身に宇宙サソリとやらの卵を植え付けられた時に。
もとより伝える気などない想いだったが、死と隣り合わせになった瞬間、それは決して悟られてはならないものに変わったはずだった。
だが、封印は破られた。
破らせたのはほかならぬ鷹介自身。
それでも、やはり己の意志の弱さを呪わずにおれない。
あれはひと月ほど前。
真夏の太陽が容赦なく照りつけていた日だった。
珍しく一人で仕事に行った俺と、久々に派遣されてきた鷹介。
極力、二人きりになるのを避けようとする俺に対し、何か話したそうなそぶりの鷹介。
その拮抗が破られたのは、二人の終業が同時になるという偶然によってだった。
そそくさと帰ろうとしたところを見つかって「話がある」と近くの公園へ連れ出された。
普段とは違ったその様子に、つい流された。話などないことは薄々気付いていたはずなのに。
「それで?話とはなんだ?」
できるだけ彼の方を見ずに言った。
「ん〜・・・その・・・体の具合はどうだ?」
いつもの傍若無人さはどこへ行った、と言いたくなるような遠慮がちな問い方だった。
「・・・大丈夫だ」
努めて平静に答える。しかし鷹介は食い下がった。
「ホントにほんっとうに大丈夫なのか?」
「ああ」
鷹介はそっか、とつぶやいた。
納得したかと、思った瞬間、鷹介は三度同じ質問を口にした。
いつのまにかその手がしっかりと俺の肘を掴んでいる。触れられたその部分が痺れるような錯覚を覚えた。
「くどい。同じことを何度も言わせるな」
「だって・・・」
口をとがらせて言葉を濁す。その姿はまことに愛らしいとしか言い様がない。本人が自覚していないのがまた危険である。
かろうじて己の理性をたたき起こすのに成功したが、それがいつまでももつとは思えない。だから、あえて皮肉なセリフを吐く。
「それではなにか?お前は俺の体調が悪いほうがいいのか?」
「そんなこと言ってない!」
案の定、な反応が返ってくる。本当にいちいち分かりやすい反応をする男だ。本当にこれでハリケンジャーが勤まるのかと心配になるほど素直である。
「話というのはそれだけか?ならば失せろ。お前には関係のないことだ」
駄目押しの一言。
いつもの鷹介ならこれでぷうっとふくれて走り去る・・・はずだった。
「関係ない?!なんだよ、それ!」
しかしこの日の鷹介はしつこかった。
「言葉通りだ。俺の身体がどうなろうとお前には関係ない」
「関係なくない!俺達、仲間じゃないか!!」
俺はふう、とため息をついた。何度同じ問答を繰り返せば気が済むのか、この男は。協力はするが仲間にはならないと何度も言ったはずだ。それに、俺がなりたいのは「お前達」の「仲間」ではないしな。
「仲間になった覚えはない。今はたまたま利害関係が一致しているというだけのこと。もとより迅雷流と疾風流は相容れぬ」
「なんだよ、それ!そんなのどうだっていいじゃんか!」
「わかったらとっとと帰れ」
「・・・わっかんねーよ!!」
いきなり鷹介が掴みかかってきた。ストレートな感情表現。こうなればあしらうのは簡単、なはずだった。
「わっかんねー!俺は・・・俺があんたの心配しちゃいけねーっていうのかよ!」
その通り、と言おうとして・・・言えなかった。
こんな鷹介は見たことがなかった。
なにかをこらえるように引き結んだ唇、長い前髪に半分隠れた眼に光るのは・・・涙?
まさか、と思った瞬間本人もそれに気付いたのか、慌てたように顔を伏せた。
「お前・・・泣いて、いるのか?」
「泣いてなんかない!」
お決まりのセリフが返ってくる。しかし俺のジャケットを握りしめたままの手は震えていた。
震えている?いつだってがむしゃらに突っ込むだけが身上のようなこの怖い物知らずが?
そう思ったら勝手に手が動いていた。
その震えの理由を確かめるために顔の半分を隠す前髪をかき上げた。
現れた大きな眼はやはり濡れていた。長いまつ毛を伝ってこぼれ落ち頬を伝う滴。
「何故、泣く?」
「・・・わっかんねーよ・・・ホント、わかんねえ・・・あんた、意地悪だし・・・なんで俺がこんなこと・・・バカみたいじゃん・・・こっち向いて欲しいなんて・・・」
新たな涙が頬を滑り落ちた。
鷹介が何を言っているか理解するのに、一呼吸を要した。
そして理解すると同時に理性のタガがどこかで外れた。
額に置いていた手が勝手にするりと滑り降り、滑らかな頬の涙をすくい・・・
「!」
唇が一瞬ひるんだように逃げかけた彼の唇を捕らえていた。
手順とかテクニックとかそんなものは知らない。ただそうしたかった。
頭の中でやめろという声がしないではなかったが、黙殺した。
頬に添えていた手を首筋から肩へ滑らせ、腰を抱き寄せてより深く口づける。
鷹介は抵抗しなかった。
散々に貪ったあと開放しても、俺の腕から逃げようとはしなかった。
そのことは俺の理性をすっかり麻痺させて、自ら課した封印を粉々に打ち砕いていた。
☆ ☆ ☆ ☆
腕の中で鷹介が身じろぎした。
が、また、何事もなかったように寝息を立て始める。
後悔はしていない。
だが、月が満ちた後のお前のことを思うと少し胸が痛む。
それでも、お前は前へ進むだろう。
この惑星を護るのが使命だから。
そう、お前はハリケンジャーなのだから。
THE END
これが初書きです(笑)兄者、既に理性が衝動に負けております。