賑やかにイベントが行われる会場の隅で,豪は,にこやかに微笑んでいる仁を見ていた。
それが営業用スマイルであるとはわかっていたが,心がザワザワした。
「らしくない・・」
自分でもそう思ったが,若い女性がたくさんいる会場だ。女性ばかりでイベントを見に来ている人は少ないだろうが,それでも,有名デザイナーである仁に女性の視線は集まっているに違いない。
「まったく・・らしくない」
だんだん思考が沈んでいくのを止められなかった。
「しばらく逢ってなかった上に,あの騒ぎ・・」
本当は,空港にむかえに行って,いっしょにこの会場に来るつもりだった。そうできていれば,さっきのような危ない目に仁をあわせなくて済んだかもしれない・・そう思った。
インパクター星人に羽交い締めにされているダイルを見たとき,無意識のまま装着していた。気がついたときには,攻撃をしかけていた。刑事という仕事上,ああいう場面に出会うことは経験がないわけではなかった。いつも冷静に対処できた。だが・・・
「まるで天馬だ。」
友を悪く言うわけではない。自分にもあんなところがあることを久々に自覚した。
自分にとってそれほどの非常事態だった。
「はあ・・」
大きなため息をついたとき,
「な〜〜に,ため息ついてんの?」
ほっぺたをむにっと摘まれた。
「いてて・・やめてくれ,仁」
「だってさあ,イベントのラストにさ,俺が大賞を取った人にハカリヤのローブデコルテを渡してさ・・。かっこよく決めたのに,見てなかったでしょうが?」
見てなかった・・・。いつの間にか下を向いて,自分の思考に嵌っていた。
めったにないことだ・・と自分でも分かっていた。
拗ねたように横を向いて口を尖らしている仁に,
「すまん・・」
と豪は素直に謝った。
「何,考えてのよ。」
横を向いたまま問う仁に,豪は言葉に詰まった。
「俺には言えないようなこと?」
「いや,そうじゃない・・が・・」
「そうじゃないが,何?」
さらに問いかけてみたが,言いにくそうにしている豪に,
「豪,帰ろ!」
仁は話の方向を変えた。
「ああ,そうしよう。」
豪はちょっとホッとしつつ,仁の凹んでしまったゼロハリバートンと旅行鞄をさっと持つと,車に向かった。
「車で来てたんだ。」
「ああ,空港にも行くつもりだったからな。」
「来てくれるつもりだったんだ。」
「もちろんだ!」
力を入れて言う豪に,仁の頬は思わず緩んだ。
「だが,街はなんだか酷い状態だわ,ユウヒは突っ立ってるわ・・」
「仕事に行ってるんじゃないかって,天馬が・・」
「ああ,それも考えた。だが,騒ぎは収まっていたし,ユウヒも動いてなかった。事情はわからなかったが警察で納まる範疇じゃない気がしてな。」
「そっか。」
「いざとなったら・・・」
「グランセイザーの力を・・ってか」
「まさか,本当に使うことになるとは思わなかったが。」
そんな話をしているうちに,仁の家に着いた。
「豪,泊まってって・・くれるよな?」
「いいのか?今日帰ってきたばかりで,しかもあの騒ぎで,疲れてるだろう?」
「疲れてるから,だから・・いて・・いっしょに・・」
仁のこの言葉に,抗う術など豪が持っているはずがなかった。
仁の部屋にはいり,荷物を置く。
「シャワー,浴びてくる。」
上着をハンガーに掛けながら,そう言う仁に,
「ああ,その間に何か腹に入れるものを作っておこう。」
豪はそう答えた。
「わお,豪の手料理!」
満面の笑みを浮かべた仁に,豪の頬を緩んだ。
帰る日にちの連絡をもらってから,ちょっと買い物をして冷蔵庫に入れておいた。消化のよいものがいいだろうと,鶏のもも肉を入れて鍋を火にかけ,野菜を刻む。うどんの入った簡易な鍋物ようなものを作ることにした。
顆粒の出汁をちょっと足し,塩と醤油でだいたいの味を調えた。そして,野菜を入れていく。小さく切った野菜はすぐに柔らかくなり,おあげを入れ,いっしょに冷凍の讃岐うどんを入れた。
ぐつぐつと煮たってきた頃,仁がシャワーから出てきた。
「いい匂い♪」
「ちゃんと髪の毛拭けよ。」
「は〜〜い」
スエットを着た仁がテーブルに着いた。
最後に卵を落とした熱々のお鍋をおいた豪が,キッチンに戻り,2人分の取り皿とお箸を持ってきた。
「さあ,食べようか。」
「久しぶりの和食かも。」
「パリだったら和食の店あるだろう。」
「俺はね,現地のおいしい物を食べる主義なの。早く食べよっ!」
いただきます,と律儀に手を合わせて2人は食べ始めた。
ふうふう言いながらでも,鍋の中身はどんどんなくなっていった。
「ごちそうさま!豪,うまかった!」
「それは良かった。じゃあ,お茶入れてくるから,お前はゆっくりしてろな。」
「豪は?」
「これだけだから,片付けてしまっておく。」
「いいよ,こんなちょっとだから俺がやっとくからさ,豪,シャワー浴びてこい。」
きっぱり言い切った仁に,豪は従うことにした。
「じゃ,お言葉に甘えて・・」
「よし!行ってこい!」
そんなことを言う仁に苦笑いを浮かべながら,豪はバスルームに向かった。
リビングに戻ると,ほいっとミネラルウォーターのペットボトルが渡された。
「お,サンキュ。」
「なあ,豪,お前何考えてたんだ?」
不意に話を振られて,とっさになんのことかわからなかった。
「会場でさ,何考えてたんだって。」
「あ・・」
忘れかけていたことを問われ,豪は息をのんだ。
「なあ,そんなに俺に言えないこと?」
「そうじゃない,ないんだが・・どうにも・・」
「何聞いても驚かないからさ・・」
仁がコトンと豪の肩に頭をのせた。
「俺さ,パリで一人になると,なんかずっと豪のこと考えてた気がする。」
「仁?」
「危ないことに飛び込んでってないかなあ・・とか,ちゃんと食べてるかなあ・・とか,そんなたわいのないことばかりだけど。」
甘えた仕草で仁がすり寄る。
「あ,そうだ!」
突然仁が立ち上がり,旅行鞄の中をゴソゴソと何か探し始めた。
「仁?」
「あった!豪,これ・・」
「なんだ?」
「パリで1番人気のお店で買ったチョコレート。日が日だったからさ,スタッフ達のお土産に買ったんだ。そん時にさ・・・」
豪用のも探した・・と,最後の方は下を向いてぼそぼそと呟くように仁が言った。
「あんまり甘くない,コクのあるやつにしたんだ。」
それは美しい艶のあるトリュフチョコのようだった。
「俺,コーヒー入れてくる。」
ちょっと耳の赤くなった仁がそそくさとキッチンへ向かった。
豪は呆然と見送りながら,あの騒ぎで忘れていたバレンタインデーを思い出した。
そして・・そっと自分のポケットを押さえた。
2人でコーヒーを飲みながら,チョコを摘む。
なんだかいろいろなものがコーヒーの香りとチョコの香りに溶け出していくような気がした。
「なんだか俺がふがいないような気がしてな・・」
コトリとカップを置いた豪が突然呟いた。仁はビックリしたように顔を上げた。
「何が?豪は・・頼りになるよ?」
「もうちょっと早く,俺が家を出ていたら,お前をあんな目に遭わさずに済んだのに。」
「豪・・,そんなこと考えてたのか?」
「それに・・・」
「それに?」
「ステージの上のお前は,振る舞いが洗練されていて,センスも良くて・・。女性の注目を浴びていて・・。そんなお前のそばにいるのが俺でいいのか,とか。」
豪は一気に言ってしまった。隠しておくつもりだった。でもチョコの香りが,頑なな気持ちをほぐしていくように感じて,言ってしまった。
「豪っ!!」
仁が飛びつくようにして抱きついた。
「お,おい,仁・・どうした?」
「妬いてくれた?」
嬉しそうに言う仁に,コクリと頷く。
「好きだよ,豪。」
あまりにストレートな言葉に,お互いの顔が赤くなるのがわかった。
「仁,これ・・」
豪がポケットから出したものを仁に渡した。
「何?」
手渡されたのは,薄目の手のひらサイズの箱。リボンもなく包んでさえいなかった。
「開けていい?」
「ああ。」
仁がそっとふたを開けると,中にはシルバーの細身できれいな細工の施されたブレスレットが入っていた。
「これ・・俺に?」
「ああ,見た瞬間にお前に似合いそうだって思った。」
豪はこれを取りに行っていて,空港に向かうのが少し遅れたのだ。
「ありがとう,豪。こんな展開,全く思ってなかった。俺はお前がいい。お前だからいい。」
胸に顔を埋めるようにして仁が言った。
「俺もだ,仁。」
顔を上げた仁の唇に,豪のそれが重なる。
仁の腕が豪の首に縋るように回され,豪も仁の腰をしっかり抱き,もう片方は仁の頭を支えるように回されていた。
ついばむような口づけから,だんだんと深いものに変わる。
「チョコレートの香りがする・・・」
いつもより低い声で豪が囁いた。
「豪も・・」
既に甘く掠れてしまった声で仁も答える。
そのまま,豪は仁を抱きかかえるようにしてベッドへ移り,それからは・・
チョコレートよりも甘い夜を過ごすことになった。
翌朝。
パリから帰ったばかりという疲れも相まって,まだ眠っている仁の横をそっと抜け出し,豪は昨日のままのリビングを片付けることにした。
ついでに,仁の旅行鞄に中のものを片付けてやろうと鞄を開けた。着がえや洗濯物を整理し,ふと鞄の底を見ると小さなストラップが目に入った。
「やぎ・・?ユキちゃん・・」
昨日慌てて隠した仁の様子を思い出し,豪のほおは思いっきり緩んだ。ついでにベッドでの仁の様子を思い出したりしたものだから・・・。だれも見ていなかったのが幸いだった。
さらに機嫌の良くなった豪は,洗濯機を回しつつ,リビングを片付け,朝ご飯の用意も。
見つけたストラップは,リビングに置いてあった仁の携帯につけておいた。
「もうすぐ仁も目を覚ますだろう・・・・」
今いっしょに過ごすことのできる幸せを改めて思う豪だった。
せめて今日1日,呼び出されることのないように・・祈る豪の耳に,ベッドルームのドアの開く音が聞こえた
Fin
.keebさん、いつもありがとう♪
やっぱりkeebさんの豪仁最高!!