Confession
セイザータリアスこと弓道天馬。
このところ伝通院洸の脳の一部を占拠しているのは、その年下の仲間だった。
とにかく気になる。
無鉄砲なところはもちろん、どんなときでもひたすらまっすぐに敵に向かって行くその姿も脳裏に焼き付いて離れない。
初めて会ったのは彼を殺すためだった。
地球のためにそうしなくてはならないのだと、そう信じて疑わなかった。
彼をそうさせた佐伯カリンがアケロン人だと、敵だと知ったときもまだ彼女を信じていた。
だのに。
(なぜ、あの時、カリンではなく天馬を選んだのだろう)
地球のためだったと言えばそうかもしれない。
だが、本当にそうだったか今となってはわからない伝通院だった。
そんなある日。
「伝通院先生!」
血相を変えたセイザーパイシーズ、もとい看護師見習いの魚住愛がやって来たのは、伝通院が遅めの昼食を終えた直後だった。
「なにかあったのか?!」
またウオフ・マナフの侵略者かと伝通院は立ち上がる。
しかし愛は首をぶんぶんと横に振った。
「今、搬送されてきた、交通事故の、患者さん!」
切れ切れの息を継ぎながら、愛は今、自分が走ってきたほうを指さした。
「重傷か?!容体は?年齢、性別は?」
一転、伝通院は医師の顔になる。
「そ、それが!」
ひゅうっと愛は大きく息を吸った。
「天馬さんなんですよ!」
「なにっ!!」
「天馬!」
蹴破らんばかりの勢いで救急治療室のドアを開けた伝通院の目に飛び込んだのは血だらけの左腕。
見慣れたジャンパーの袖が大きく裂けている。
これまでにも何度か負傷した天馬を診てきたが、こんなに血を流していたことはなかった。
「天馬!しっかりしろ!」
周りにいたスタッフを押しのけて伝通院はベッドにかじりついた。
身体の芯が急速に冷えていく。
今まで、どんな患者、それこそ大方の人間には正視することなど出来ないような悲惨な患者を診ても動じたことのない彼である。
だが、今、彼は明らかに冷静さを失っていた。
「天馬、死ぬな・・・いや死なせないぞ!」
独り言のように呟きながら血まみれの腕から肩、胸、腹、足と一分の見落としもないよう順に確認していく。
「死なねえって・・・」
伝通院の頭上に呆れたような声が振ってきた。
「天馬!」
驚いて顔を上げた伝通院の目の前で、天馬はきまり悪そうに頭を掻いた。
「お前・・・」
「あのさ、怪我、これだけだから・・・」
これ、と天馬が指さしたのはざっくりと裂けたジャンパーの袖から覗く裂傷。
大きな傷ではあるが、致命傷ではない。かなり出血したようだが、今はそれも止まりつつあるようだ。
そう認識した瞬間、伝通院の五感に周囲の光景が入ってきた。
困り顔の天馬。
あっけにとられている看護師たち。
ベッドに縋り付かんばかりにして天馬の手を握っている自分・・・。
伝通院の背中を嫌な汗が流れ落ちた。
「あ、あー、ごほん」
わざとらしい咳払いをしつつ、伝通院はゆっくりと立ち上がる。
周囲はノーリアクション。というか反応に困っているというのが正解だろう。
「縫合する」
仕方なくそう言えば、看護師たちは一様に安堵の表情を浮かべて我先にと処置室を飛び出していく。
遠ざかる足音と笑い声が伝通院の耳に苦々しく届いた。
ぱっくりと口を開けた創面を丁寧に消毒し、伝通院は縫合を始めた。
局所麻酔が痛いと言って大騒ぎしていた天馬も、今は術野が見えないようにと引かれたカーテンの向こうから腕だけ出しておとなしくしている。
バイクと乗用車の左折巻き込み事故。
交通事故としてはごく一般的な事例だ。
それでも最悪は死亡することもあるのだから、天馬は運がよかったと思う。
この傷ならほとんど跡も残らず治るだろう。
だが、もし天馬が死ぬようなことがあったら?
伝通院の身体を再びあの冷たい感覚が襲う。
氷の塊を胃の腑に流し込まれるような嫌な感触。
伝通院は軽く頭を振ってそれを追い払った。
(今日の俺はどうかしている)
交通事故の患者なんていやというほど診ている。出血が多くても命に別状ないなんてことはざらにある。見た目に惑わされず的確に診療を行うのは得意だったはずだ。
だのに、今日に限ってあれほどまでに動揺するとはどういうことだろう?
カチャと音をさせて伝通院は持針器とピンセットをトレイに置いた。
全12針。
天才と称される外科医の腕には5分足らずの作業だった。
「終わったぞ」
そう言いながら包帯を手に取り、カーテンを開ける。
「サンキュー、洸」
横になったままニッと天馬は笑った。
その笑顔に一瞬、伝通院は目を奪われる。
ドキンと心臓が大きく跳ねた。
「洸?」
包帯を持ったまま固まった伝通院を天馬が覗き込む。
くっつかんばかりに近くなった距離に伝通院はさらに慌てた。
ぶんぶんと首を振り、天馬の腕を取る。
「あ、ああ・・・その、包帯は慣れていなくてな・・・」
いつもは看護師任せにしているので・・・などと言い訳めいたことをボソボソと口にしながら伝通院は天馬の腕に包帯を巻きはじめた。
しかし心拍数は勝手に上昇していくし、顔面に血液が集中していくのは止めようがない。指先も気を抜けば震え出しそうな気がする。
(やはり俺はどうかしている・・・)
「ふーん。でも上手いじゃん」
そんな伝通院の状態には気づかなかったらしく天馬はそう言っておとなしく腕を預けている。
その横顔をちらりと伝通院は伺い見た。
見慣れたはずの横顔に視線が吸い寄せられる。
不意に伝通院の頭にこの心境を説明するにふさわしい言葉が浮かんだ。
(まさか・・・)
それはあり得ない言葉。
慌ててそれを振り払い、包帯を留める。
(何を考えているんだ、俺は)
そう言い聞かせて、未練を訴える両手を天馬から引き離した。
「終わりか?」
「あ、ああ。これでいい。その、無茶はするな。抜糸は一週間後だ」
簡潔に医師としての言葉を伝え、伝通院は立ち上がった。
そしてこのまま天馬が帰ってしまえば、この不可思議な心理状態から脱却できる・・・はずだった。
「しかしさあ、事故ったときは死ぬかと思ったけど、これくらいで済んでよかったぜ」
明るく天馬が言い放った言葉に伝通院は立ちすくんだ。その手から巻きになった包帯が転がり落ちる。
リノリウムの床に白い軌跡を描いて止まった渦巻きと、拾おうともしない伝通院を天馬は交互に見つめた。
「洸?」
「・・・生きた心地がしなかった・・・」
「え?」
呟いた伝通院を天馬が怪訝そうに見つめる。
「・・・さっき、お前が事故に遭ったと聞いて自分でも驚くほどうろたえた。病室にかけつけてお前の血を見た瞬間、世界が壊れるかと思うほど苦しかった・・・あんなことは初めてだ」
「洸・・・?」
ふう、と伝通院はため息をついた。
「・・・やはり、そういうことか・・・」
呆然と呟く。解けない問題の答えがやっと出た心境だった。
いや、ひょっとしたら最初からわかっていたのかもしれない。
気づけなかっただけで。
ゆっくりと伝通院は落とした包帯を拾い上げた。
長くほどけた上に床で汚染されてしまったそれは処分するしかなさそうだ。
「洸?」
天馬が困惑した表情で伝通院を見た。
その顔を見つめて伝通院は微かに笑った。
「好きだ」
“その言葉”が伝通院の口からこぼれ落ちた。
「え?」
天馬が目をむく。伝通院はもういちど繰り返した。
「天馬、お前が好きだ」
「ちょ、ちょっと待てよ洸・・・おまえ、何言ってるかわかってるか?」
「わかっている。今わかった。俺はお前が好きだ」
「今って・・・」
天馬は無事なほうの手で頭を抱えた。
あーとかうーとか、唸っているが言葉にはならない。
一方、伝通院の方も自分の言動に慌てていた。動揺していたのと、先日来の悩みが解消した喜びのあまり、うっかり告白してしまったが、冷静に考えるとかなりまずい。
いくら信頼しあった仲間とはいえ、いくらそれが偽らざる自分の気持ちとは言え、男にいきなり言う言葉ではなかった。
天馬はまだ唸っている。
「あ、その・・・すまん。突然こんなことを言って・・・その、普通ではないことはわかっているし・・・」
うー、と天馬がまた唸った。がしがしと頭を掻き、腕に巻かれた包帯を見下ろし、それから顔を上げて伝通院をじっと見つめた。
伝通院の心臓がまたドキリと跳ね上がる。
「・・・つまりさ、洸は俺とその・・・セックスしたいわけ?」
「は?」
思いも寄らぬ天馬の返答に伝通院はかなり間抜けな声を出した。
「いや、だからさ、“好き”っていろいろあるじゃん。その辺、一応・・・間違うと困るし」
「はあ・・・」
なるほどと頭の片隅で思いながら、伝通院はパニック寸前だった。
メンタルな部分だけで手いっぱいだった脳にフィジカルな問題が突きつけられたわけである。
事態は彼の予想を超えたほうへとバウンドしてしまっていた。
「洸?」
ズイ、と天馬が顔を近づけた。
再びの急接近。
肉感的な唇が伝通院のそれのすぐ前にくる。
急に伝通院は身の内の欲望を意識した。
今にも触れてしまいそうな唇に目が吸い寄せられる。
目がくらむような錯覚。体を駆け抜ける熱い泥流。
ゴクリと喉が鳴った。
「あ・・・たぶん・・・そう、だと思う」
「たぶん?」
しまった、と思った瞬間、目の前の唇が吹き出した。
「あはははは!あ、洸〜〜〜お前、面白すぎ〜〜〜〜〜〜“たぶん”ていうトコロかよ〜。まったく、もう、洸らしいぜ」
片手で顔を覆って笑い続ける天馬。
困った顔でそれを見ながら、伝通院はあることに気づいた。
「天馬、お前・・・嫌じゃないのか?」
「なにが?」
「なにがって・・・俺は男だぞ」
自分から告白しておいて今更ではあるが、これは切実な問題である。
「ああ・・・うん、そう、それが問題なんだよなあ」
むーっと、天馬は口を尖らせた。
「ほら、俺、体育会系だからさ。免疫あるっつーか・・・いや、俺は違うんだけど、そういうのもまあ好き好きかなーっとは思ってるけどさ。お前がそうだってのも聞いてたし」
「そう?」
「んだからホモだって」
後頭部をフライパンで殴られたような衝撃が伝通院を襲った。
「・・・誰がそんなことをっ」
聞かなくてもわかるが聞かずにおれない伝通院である。
「仁と涼子」
「あいつら・・・」
予想通りの答えを返されて伝通院は脱力する。
「え?!もしかして違うのか?!」
「違う」
「え〜〜っ!ホモじゃないのに俺に惚れたのか?」
天馬の疑問は微妙に論点がずれているような気がするが、疑問としては真っ当だ。
「まあ、そういうことになるな」
「・・・洸って変な奴」
「人のこと言えるのか?」
変と言われて伝通院は少々むっとした。確かに自分はおかしいだろう。だが、一般的に見れば天馬の反応の方が変である。
「そう。だからそれが問題」
大げさに頷いて、天馬は腕を組んだ。
「免疫あるっつっても、俺はホモじゃない。でも、お前に告られて嫌じゃねえ。というか・・・」
人さし指でポリポリとあごを掻く。
「ちょっと、その・・・いいかな〜って思ったんだけど・・・どう思う?」
どうと訊かれても返答に困る伝通院である。
身長差があるため上目遣いに見上げられる形になるのだが、その視線に伝通院の身の内に燻っていたあの欲望がぞわりと背筋を駆け登った。
つ、と伝通院は右手を伸ばした。
それが頬に触れても天馬は動かなかった。
「・・・俺の、都合のいいように解釈するというのはどうだ?」
掠れた声で伝通院はそう言った。
触れた手に少しだけ力を込めると、二人の距離がまた近づく。
「それもなんだかなあ・・・」
この期に及んでそれはないだろうという台詞だが、妙に天馬らしくて伝通院は笑った。
頬から手を放し、茶色がかった頭をポンポンと撫でる。
「もう考えるな・・・似合わん」
「あ、言いやがったな」
むっとする天馬を伝通院はぐっと引き寄せた。
「嫌なら逃げろ。いまのうちだぞ」
熱のこもった声で伝通院は囁いた。
「逃げるのは性にあわねえよ」
ニヤリと天馬の唇がきれいな逆三角形を描く。
「それはいい」
伝通院はゆっくりと顔を近づけた。
言葉通り、天馬は逃げない。
触れるだけのキス。
たったそれだけの接触に全身が痺れるような官能を覚える。
(ガキじゃあるまいし・・・)
内心苦笑しつつ、伝通院は再び唇を重ねた。
応えるように天馬が口を開く。
誘われるようにその口腔に進入し、舌を吸い上げると、天馬も負けじと同じことを仕掛けてくる。
一進一退の甘美な攻防。
それは互いの息がすっかり上がってしまうまで続いた。
「・・・ヤベ・・・洒落になんねえくらい気持ちいいじゃん・・・」
伝通院にもたれ掛かって肩で息をしながら天馬が笑う。
しかし、それは支える伝通院も同じこと。
彼はこの年下の青年にすっかり捕らわれている自分を悟っていた。
(・・・なにを今さら、か)
フッと自嘲気味に伝通院は笑った。
「何がおかしいんだよ」
その笑いを自分に向けてだと思った天馬がむっと顔を上げる。
「あ、いや、これは・・・」
誤解だと言おうとした伝通院を天馬は遮った。
「チクショ、ただでさえ背が高くてハンサムで医者だっつーイヤミなヤツなんだからそういう態度はやめろよな」
「嫌味・・・」
「そ。あーあ、やっぱ、やめとこうかな」
ぷい、と天馬がそっぽを向く。
それはないだろう、と伝通院は情けない気分になる。
その顔を横目で見て、天馬が吹き出した、
「ぶわはははは!洸、その顔!!やりぃ、一本もーらい!」
心底勝ち誇ったような天馬の態度に、やれやれと伝通院はため息をついた。
(本当に俺はこいつに惚れたのか・・・?)
天馬はまだゲラゲラと笑っている。
だが、そんな子供っぽい態度もほほ笑ましく思える時点でアウトだろう、と思う伝通院だった。
終
伝先生アホですね(苦笑)