「あー食った食った」
伝通院のマンションに着くなり、そう叫んで天馬はソファに転がった。
まるで自分の家のようなくつろぎようである。
色っぽさのかけらもないその様子も天馬らしいと頷けてしまえるのだから、やはりこの男はただ者ではない。
(これは前途多難かもしれんな・・・)
伝通院はこっそりため息をついた。
意外なほど素直にマンションまでついてきたので少々期待しなくもなかったのだが、この様子では天馬にその気はなさそうだ。
だいたい、さきほどの食事からしてそうだ。
デートだ、と自分で言っていた割に天馬が選んだのは「焼き肉」。
たしかそれはデートにはタブーとされる食事ではなかったかと、さすがの伝通院も思ったが、何でも好きなものを奢ると行った手前、意義は唱えられない。
かくて半ばやけくそ気味に色気のない食事を満喫してきたわけである。
上着をハンガーにかけながら、伝通院はちらりと天馬を見た。
やはりだらしなくソファに伸びている。
フッと伝通院は笑みをもらした。
結局、自分はどんな天馬でも好きらしい。一心不乱に食事をしているのも、日なたの猫のようにだらしなく転がっているのも、もちろん誰よりも果敢に敵に立ち向かって行く姿も。そして、時々ドキリとするほど魅力的な表情を見せるときも・・・。
「なに人の顔見てニヤけてんだよ」
寝ころんだまま天馬が口を尖らせて言った。
「いや、お前も上着くらい脱いだらどうかと思ってな」
苦笑しつつそう言って近づいた瞬間、ネクタイを引っ張られた。
バランスを崩してそのまま天馬の上に倒れ込む。
数センチの距離に近づいた唇が悪戯っぽく笑った。
「今日は帰さねえんだろ?」
挑発的な言葉を吐いた唇に誘われるように口付ける。
ニンニクの臭いを気にしている余裕はなかった。
触れるだけのそれはすぐに深くなり、気がつけばあふれ出した唾液がどちらのものかわからなくなるほど夢中になっていた。
「はあ・・・」
名残を惜しみつつ唇を離すと天馬の口から甘い声が漏れた。
ワイシャツを掴んだ指と閉じられていた目がゆっくりと開く。
「天馬・・・」
茶色の髪を指で梳きながら伝通院は囁いた。自分でもわかるほど餓えた声だった。
天馬の双眸がじっと伝通院の目を見つめる。
曇りのないまっすぐな視線。
「いいのか?」
「そーいうことは訊くんじゃねえよ」
そう言って天馬は伝通院のネクタイの結び目に片手をかけた。
が。
「あ?」
天馬が間の抜けた声を出した。
数センチずれて止まった結び目を掴んだまま中途半端な姿勢で固まっている。
一瞬の沈黙の後、伝通院はたまらず笑い出した。
「あ、笑うな!くそ、テレビとかじゃスーって抜けるじゃんか!」
天馬が起き上がって抗議する。
どうやら天馬はネクタイは引っ張れば簡単に抜けるものだと思っていたらしい。まあ、角度によっては引き抜けないこともないのだろうが、普通は両手で外すものだ。
「なんだよー。せっかくソノ気になってたのにー・・・洸!」
床に座り込んで笑い続ける伝通院の頭を天馬の手がひっぱたいた。
「ああ、すまん、すまん」
慌てて伝通院は笑いを引っ込める。常とは逆に下から見上げた天馬はすっかりご機嫌斜めのようだ。
「くそ、帰ろっかな」
腕を組んで伝通院を見下ろす視線は本気、かもしれない。
「それは困るな」
「困れよ」
「天馬」
伝通院は目の前のジーンズの膝に手をかけた。
そのまま太股に滑らせれば硬い筋肉の張りが手のひらに伝わってくる。
「天馬」
もう一方の手で天馬の頬を引き寄せる。
キスをしかけても天馬は抵抗しなかった。
「天馬・・・」
宥めるようなキスを繰り返す。
触れ合った部分から互いの体温が上昇して行くのがわかる。
「天馬」
もう一度伝通院はその名を呼んだ。
「洸・・・」
天馬の目が揺るぎなく伝通院を見返す。
その目が伝通院の欲望に火をつけた。
「天馬・・・お前が欲しい」
「いいぜ。腹は決めてきた・・・たぶん、な」
そう答えて照れ臭そうに笑った天馬の唇に伝通院はもう一度深く口づけた。
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