Sweet Home 

帰り道。ずいぶんと日が長くなったとはいえ、すでに空は藍色を深めている。
一鍬と三つ前の交差点で別れ俺は線路沿いを歩いていた。二十数年、片時も離れず過ごした弟とこうして別の帰り道を歩くことになるとはほんの少し前まで考えも付かなかった。
そしてこの生活。朝、仕事に出かけ、夕方帰宅する。火曜と金曜は仕事のあとで子供剣道教室の指導もする。そんな“普通の”暮らし。こんな生活があるなどということは夢にも見たことがなかった。
穏やかにゆっくりとしかし日々は確実に過ぎてゆく。
あの激しい戦いの日々こそが夢だったのではないかと錯覚させるほど。
だが、夢ではない。
昼間の思いがけない邂逅を思い出した。
御前様とシュリケンジャー。どんな形であれ二人は生きていた。
嬉しくないはずはない。自分たちの未熟さゆえに失ってしまったと、ずっと後悔していたのだ。
しかし。
俺は今さらながらにこの安寧が砂上の楼閣であることを強く意識した。
きっと今日を境に自分たちを取り巻く状況は変わるだろう。
「鷹介・・・」
我知らず呟き、俺は目の前のマンションを見上げた。
一日中ひっきりなしに電車が走る私鉄沿線の古い4階建てマンション。
その最上階の一番奥の部屋が俺と鷹介の住み処だった。
いつまでもここにいられるとは思ってはいない。住居を長期間定めないのは忍びの鉄則だ。
だが、まだ早すぎると思うのはわがままだろうか・・・

狭く急な階段を俺は足早に上った。上へ行くのに今時、エレベーターもないというのが、ここの物件価値を下げていて、作りがしっかりしているわりに賃料が安かったのは幸運だったと言える。俺たちにとってはこの程度の階段、運動にもならないのだが。
突き当たりの部屋の廊下に面した窓から明かりが漏れている。
今日は鷹介のほうが帰りが早いのだったな。
そう思いながら鉄製のドアに手をかけると、奥からドタバタと走ってくる音が聞こえた。
「一甲おかえり!」
つんのめるようにして飛びついてくる体を抱きとめながらドアをくぐって後ろ手にドアを閉めた。
「ただいま」
答えながらキスをする。
一緒に暮らし始めて2ヶ月になるが、実はいまだ毎日この調子である。
鷹介のほうが遅いときでも、こいつは同じように外から飛び込んでくるのだ。
大の男が子猫のように飛びついてぶら下がっているのはどうかとおもうが、まあ誰も見てないからいいだろう。それに鷹介は傍目から見れば恥ずかしいことこの上ないこの儀式がことのほかお気に入りでやらなければまず、スネる。そうなるくらいなら多少気恥ずかしくても目を瞑っておくほうが正解だ。
しかし、一鍬や他の連中にはとても見せられたものではないな。特に七海に見られたら一生ネタにされることは必至だ。
「今日はオレがちゃんと晩飯作ったぜ」
唇が離れると同時に、得意げに鷹介が言った。
「ほう、それは・・・」
珍しい、と言おうとしてぎくりとした。
至近距離にある鷹介の顔。その鼻の頭と目許が赤い。そう、まるで泣き腫らしたあとのような・・・
「鷹介、お前・・・泣いていたのか?」
とっさに浮かぶのは昼間の出来事。
あのとき、こいつはなんと言った?
ジャイロを返さなければよかったと、そう言ったのではなかったか。ぽろりと出た言葉だっただけに本心からのものだろう。もしかしたら鷹介は後悔していたのかもしれない。あの時、とっさにとった行動を。そして俺と暮らしていることを。
あの瞬間、俺たちは命がけで築き上げたものを手放した。俺自身はそのことを今も悔やんではいない。だが鷹介は違ったのではないか?そして御前様とシュリケンジャーに出会ったことで諦めていた思いが噴出したのだとしたら?
「・・・泣いてなんかねえよ」
憮然と鷹介は答えた。その顔でそう言われても説得力がないぞ。ごまかすつもりか?
「違うって・・・これは、タマネギ!」
タ、タマネギ?タマネギというとあの野菜のタマネギか?
「そ。こっち来いよ」
鷹介は俺の手を取って奥へスタスタと歩いていった。連れられるままに狭くて短い廊下の突き当たりをくぐる。
そこはダイニングと呼ぶにはいささかお粗末な台所兼食堂。
コンロの傍まで俺を連れてきて鷹介はフライパンの蓋をとった。そこには少々いびつな楕円形の物体が並んでいい匂いを上げていた。
「・・・ハンバーグか?」
「ピンポ〜ン!」
なるほど涙のワケはこれに入れたタマネギの揮発成分だったというわけか。
ほっとした。
本当に、心底。
思わず吊り棚に手をついてしまうほど。
情けない。どんなことがあっても離れないと何度も誓ってきたというのに、俺はまだ不安なのか。
・・・ああ、そうだ。不安なのだ。
手に入れたものが大切過ぎて。いつも失うことを恐れている。
なんと情けない。
大丈夫だと鷹介に大見得を切ったのは他でもない俺自身ではないか。
そんな俺の胸中を知らぬ気に鷹介はコンロの方を向いたまま話を続けた。
「この前、お前が作ってくれたのすげえウマかったからさ。オレ、ハンバーグってレトルトのとかコンビニの弁当に入ってるやつしか喰ったことなかったんだけど、作ったらこんなにウマいのかってびっくりしたんだ。で、今日、商店街の方から帰ってきたら肉屋でミンチが安売りでさ。だから今度は自分で作ってみようと思って」
振り向くな、と俺は念じた。
せめて俺がいつものように余裕のある表情を作れるまで・・・
「でも、タマネギ、上手く切れなくてさみじん切りっていうからには小さくすりゃあいいんだろうってのはわかったけど、やり方わかんねえし、切れば切るほど目は痛いしハナは出るしで・・・一甲?」
鷹介が不審の声を上げる。
気がつけば俺は鷹介を後ろから抱きしめていた。
「鷹介・・・愛している・・・」
それしか言えない。
本当は言いたいのだ。
どこへも行くなと。
俺のそばにいてくれと。
だが、なけなしのプライドがそれを許さない。
言えない思いを伝えるように抱きしめる腕に力をこめると、腕の中の鷹介がふっと笑う気配がした。
「オレはどこへも行かねえよ。おまえと一緒にいる」
図星を指されて俺は狼狽える。
その一瞬の隙をついて鷹介は器用に体を反転させてこちらを向くと、俺の手を引っ張って床に座り込んだ。
「ほれ」
さらにそのまま頭を引き倒される。
ぐるりと視界が回って、俺は鷹介の太股の上に頭を乗せる形で床に転がった。
「特別大サービスな。オレの膝枕」
照れ臭そうな声を聞きながら鷹介を真下から見上げる。
そういえばこの角度から鷹介の顔を見るのは珍しいな、とふと思った。
「あのさ・・・」
少し伸びてきた俺の髪を引っ張りながら鷹介は言った。
「おまえさ・・・昼間オレが言ったこと、気にしてるだろ?」
なんだ、バレているのか。
俺は苦笑を漏らした。
時々、鷹介はとても勘がいい。
その気づいて欲しくないときに限って働く勘は、俺の情けない様子などお見通しだったようだ。
「やっぱり」
鷹介はため息をついた。
「オレもあれはちょっと誤解される発言だったなあって、あとで気がついたんだけどさ・・・オレだっておまえが同じこと言ったら落ち込む。だいたい、長老会議の件はオレのせいであんなことになったわけだし・・・だから、ごめん」
「謝ることはない。あれが本心なのだろう?」
「そりゃあ、まるっきり冗談ってわけじゃないぜ・・・御前様のことはさ、ずっと、悔しかったんだ。守るって言ったのに守れなくて」
その気持ちは分からないではない。俺も同じように御前様を守ると誓った身だ。
「だよな・・・オレ、正直、今でも御前様を守りたい気持ちはある。あの人の背負ってるものを知ってるからさ。けど、ジャイロを外したことを後悔してるわけじゃない。もし、今、もう一度ハリケンジャーになって御前様を守れと言われても・・・おまえが一緒じゃなきゃ、やらない」
ふっと鷹介は目を反らした。
「オレ・・・なんかすげえ情けないこと言ってるよな。けど、これがオレの本心だから・・・ハリケンジャーでいたかった気持ち、御前様を守りたい気持ち、仲間が大事だって思う気持ち・・・全部オレのなかにある。けど、どの気持ちよりも、おまえと一緒に生きたいって気持ちが勝つ。おまえが一緒にいない未来なんてなんの意味もない。けど、おまえが一緒ならならなんだってやるぜ。もう一回ジャカンジャと戦えって言われても戦えるし、勝つ自信だってある・・・ま、でもあんなサソリみたいなのはもうヤだけどな」
反らされていた視線が戻ってくる。強い意志を宿す大きな瞳がまっすぐに俺を見つめた。
その揺るぎなさを、鷹介の発言が原因とは言え、なぜ俺は忘れていたのだろう。
「情けないのは俺の方だ。お前はここにいるのに、まだ失うことを恐れている・・・馬鹿だな、俺は・・・」
「馬鹿だよ。馬鹿で疑い深くて忘れっぽい。言っただろ。オレは一生おまえにつきまとってやるって。ホントにホンキでそうなんだからな。ぜええったい離してやらねえんだからな。ヘンな心配してるヒマがあったらそっちを心配してろよ」
そう言って鷹介は笑った。
その口元の色っぽさにドキリとした。
思わずそれに手を伸ばしたが、届く寸前ではたと気づいた。
「どうした?」
いきなり身を起こした俺を鷹介が不思議そうに見つめる
「手を洗い忘れていた」
一日建設現場で埃にまみれていた手は煤けて灰色だった。いつもなら真っ先に洗うはずが今日はうっかり忘れていた。
ぷ。
鷹介が吹きだした。
「早く洗ってこいよ。メシにしようぜ」
「そうだな」
頷いて、俺はハタと気づいた。
「お前、もしかして俺が落ち込んでいると思ってわざわざ晩飯を作ってくれたのか?」
「ん〜、前から思ってたんだよな。いっつも作ってもらうか、オレが買ってくるかじゃん。でもやっぱお前が作ったほうがウマいだろ?でも火曜と金曜はお前、剣道教室で遅くなるし、じゃあ、オレもやってみようかなって。なんたって一生の話だからさ」
「鷹介・・・」
「まだまだ下手くそだけど努力するから。おまえも覚悟決めろよ」
俺は返事の代わりに鷹介の唇を奪った。


さて夕食の席で・・・
「鷹介・・・何を入れた?」
「何って・・・なんかヘンなもの入ってるか?」
「・・・普通、ハンバーグに鷹の爪は入れんぞ。しかも丸ごとは」
「え〜っ?美味いと思うんだけどなあ」
美味い、不味い以前の問題である。
俺は鷹介がこれ以上努力する前に指導が必要だと実感したのだった。


何だか妙に長くなってしまった(汗)遅くなりましたがおさとう様もらってやってください

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