Good Mornig☆ 鳴り始めた目覚ましに、伝通院洸ははっと目を開けた。
いつものようにサイドテーブルに手を伸ばそうとして、間にあるものにぎょっとする。
無防備な寝顔をこちらに向けているのは弓道天馬。
認識した途端、昨夜のことが一気に思い出されて伝通院は狼狽えた。
「天馬・・・」
我知らず伝通院の口からこぼれた呼びかけにも天馬は目を覚まさない。
それどころか大音量の目覚ましをものともせず眠り続けている。
そうっと伝通院は身を起こして目覚ましを止めた。
やはり天馬は身じろぎもしない。
すっかりセットの崩れてしまった前髪を片手でかき上げ、伝通院は、ほう、とため息をついた。
ここ、すなわち伝通院のベッドで天馬が眠っている理由。
寝乱れたベッドや残滓をこびりつかせたままの互いの体が物語るもの。
シーツは買い替えることになるだろな、と伝通院は思った。
昨夜の情交に言い訳も後悔もするつもりはない。
ただ少し・・・暴走し過ぎた感は否めない。
今日が非番でよかったと、つくづく思う。
もちろん、それを見越した上で昨夜天馬を誘ったのだが、自分がここまで欲望に囚われるとは思っていなかった伝通院である。
お互いが気を失うように眠り込むまで睦みあうなど初めてだった。
かろうじて伝通院は目覚ましに気づいたが、天馬はまだ夢の中だ。
やはり天馬の方が負担が大きかったのだろうと思うと申し訳ない。
それでも我慢することなどできなかった。
それほど天馬に溺れている自分を意識する。
なぜ、天馬だったのか・・・眠りに落ちる前にそんなことを考えていたような気がする。
だが、それはもはや論じるだけ無駄だろう。
この身も心もすでに囚われているのだから。
「運命、なのかもしれないな・・・」
眠り続ける横顔に伝通院はそっとキスを落とす。
それでも天馬が起きないのを確認してから、伝通院はベッドを降りた。
ベッドルームからリビングまでの空間に、点々と散らばった二人分の衣類。
我が事ながらその散らかり方の余裕のなさに苦笑しつつ、バスルームに向かう。
かなり情けない状態だった体を洗い流し、ついでに髭をあたる。
鏡の中のやに下がった顔はあえて見なかったことにした。
一通りさっぱりしたところで、さて、とリビングを眺める。
とりあえず服は片づけたほうがいいだろう。
自分のワイシャツ、天馬のTシャツ、天馬のジーンズ、自分のスラックス・・・一つずつ拾い集めてソファに積む。
下着も拾い上げて、靴下に手を伸ばしたとき、吹き出すような笑い声が降ってきた。
顔を上げれば、そこはリビングと寝室の境目で、笑い声の主はベッドの上の天馬だった。
「・・・起きていたのか」
「洸〜そのカッコ、すげえ変!」
そう言って天馬はさらに声を立てて笑う。
「半分はお前のだぞ」
憮然と伝通院は立ち上がり、拾い上げた靴下をソファに放り投げた。
いよいよ笑いの止まらなくなったらしい天馬は枕に突っ伏して笑い続けている。
いわゆる「初めての朝」というシチュエーションなのにこの色気のなさはどうだろう。
しかし昨夜来、それを嘆くことは諦めている伝通院はベッドの縁に腰掛けるとむき出しの肩に口づけた。
嘆くより行動あるのみだ。
うなじまで唇を滑らせ、耳朶に噛みつくとようやく天馬の笑いが止まる。
枕に埋まっていた顔が伝通院の方を向いた。
が、その表情はやはり色気とは無縁だ。
「なあなあ、タオル一丁でパンツ畳んでる伝通院先生!・・・ってお前のファンのナースたちに見せたら卒倒するかも」
楽しげに憎たらしい台詞を吐く天馬に伝通院はため息をついた。
「・・・悪趣味だぞ」
「人気が下がる?」
「・・・別に人気で仕事をしているわけではないが」
「よく言うよ。モテモテのくせに。俺、外来で10回は聞かれたぜ『伝通院先生とどんなご関係?』って。もー、みんな興味津々」
閉口したと、天馬は顔をしかめる。
「それはすまなかった」
その原因が救急外来での自分の態度にあると分かっている伝通院は素直に謝った。
「ところで、どう答えたんだ?」
「もちろん、いっしょに地球を守ってます!って」
「天馬!」
元気よく答えた天馬に伝通院は目を剥く。
してやったりと天馬は破顔した。
「ってわけにはいかねえわな、やっぱり。で、生き別れの兄弟ってことにしといた」
「兄弟?!」
「そ、生後二日で病院から盗まれて行方不明だったかわいそ〜な俺は、苦労の末つい三ヶ月前に実の兄である伝通院洸と劇的な再会を果たした、って・・・洸?」
天馬のとんでもない作り話に伝通院はすっかり脱力してベッドに倒れ込んだ。
「ちょ、洸、重いって・・・」
シーツごと押さえ込むような形で伝通院がのし掛かっているために身動きが取れない天馬がじたばたともがく。
が、伝通院はまだ立ち直れない。
このところやけにナースたちの視線が意味あり気だったのはそういうわけだったのか、と思い至る。
真に受ける彼女たちも問題だが、天馬も大問題だ。だいたい、病院にはセイザーパイシーズこと魚住愛がいるのだ。そんな嘘はすぐにばれる。
しかし、と天馬を抱え込んだまま伝通院は思った。
友人というにも、自分と天馬には全く共通点が無い。改めて考えれば、天馬とのつながりはグランセイザーであるというその一点のみなのだ。第三者から見れば友人だというよりも、ドラマのような嘘臭さの方が真実味があるのかもしれない。
「嘘も方便、か・・・」
ようやく顔を上げて伝通院は呟いた。
「そゆこと」
ふふん、と鼻先で天馬が笑う。
その唇がスッと近づいてきて伝通院のそれに押し当てられた。
が、伝通院が捕らえるより早くそれは離れてしまう。
「やっぱ、こういうのは、お互いマズイだろ?」
触れそうな距離で楽しげに笑う唇にドキリとする。
今の今まで色気の片鱗も見せていなかったとは思えないほどの艶が滲む。
納まっていたはずの熱が伝通院の体の奥で頭をもたげた。
その熱に押されるように目の前の唇を塞ぐ。
次第に深くなる交わり。
互いの体が反応し始めたのが薄い布越しに感じられた。
「天馬・・・」
キスの合間に欲望をこめて伝通院は囁いた。
が、返ってきたのはつれない返事。
「却下」
「なぜだ?」
もちろん無理強いする気は無いが、口調が少しだけ恨みがましくなるのは触れ合った体で察して欲しい。
だが、天馬の体も同じ反応をしているところからして、拒否するからには相応の理由があるはずだ。
とすれば考えられることは一つ。
「痛むのか?」
一瞬で医者モードに切り替わった伝通院は身を起こしてシーツを掴んだ。
「わ!こら!見るな!」
慌てて天馬がその手を阻む。
「しかし痛むならきちんと処置しないといけないだろう」
「いいって!」
俄然、使命感に張り切る伝通院と頑として譲らない天馬。
子供じみたシーツの引っ張り合いにはもはやムードのかけらもない。
「天馬!」
「うるせえ!・・・もう!洗ってねえんだから見るなって言ってんの!」
天馬の絶叫に思わず伝通院は手を離した。
しばし二人見つめあう。
伝通院は目が点、天馬はこれ以上ないくらい真っ赤だ。
「・・・自分だけサッパリしやがってさ」
恨めしそうに天馬が唸る。
伝通院には返す言葉もない。
「だいたいさ、洸はニブいんだよ。いきなり告るわ、告ったらそのまま音沙汰なしでフォローもしないわだし。昨夜だって俺が言わなきゃお前、何もしないつもりだったろ?こっちがカクゴ決めてきてるってのに」
勢いのついたらしい天馬は憤然と言い募る。
「朝は朝で自分一人でさっさと風呂入っちまってさ。俺の立場って何よ?」
「・・・すまん」
潔く伝通院は謝罪した。
自分なりに考えて行動したつもりだったが、こうして挙げ連ねられると配慮が足りないと言われても仕方がないような気がしてくる。
「まーしゃあねえ・・・そんなんでも洸がいいんだもんな、俺」
「天馬・・・」
さらりと天馬の口から出た言葉に伝通院は再び言葉を失う。
もしかして、いや、間違いなく天馬の自分に対する気持ちを聞いたのはこれが初めてだった。
「その、それは・・・そのまま受け取っていいんだな」
恐る恐る聞き返す伝通院に天馬はわざとらしいしかめっ面を作る。
「だからニブいっちゅうの!あのさ、俺だって少しは考えたんだって。お前と付き合うのかどうか」
「それで・・・?」
「それでって・・・ああ、もう〜」
天馬は盛大にため息をついた。
「あのな、だから本気でもない相手に突っ込ませるかってこと!最初は結構痛かったぞ、あれ」
「あ、その・・・すまん」
痛かったと言われれば素直に謝るしかない。
職業柄、話術は巧みな伝通院だが天馬に対してはどうにもそれは発揮できない。
彼の一言一言に翻弄されっぱなし、という状況である。
まごつく伝通院を見て、天馬は再び盛大に吹き出した。
「はははは!もー、お前、サイテー!・・・だけど最高!」
「・・・笑うな」
笑い続ける天馬の頭を伝通院は軽く小突いた。
我ながら子供じみた抵抗だと伝通院は内心苦笑した。
「いいじゃん。一緒にいて退屈しないどころか、死ぬほど笑えるってのは最高だって」
「・・・喜ぶべきかどうか悩むところだな」
「喜べよ・・・さて、んじゃそういうわけで、風呂借りるわ。洸、朝飯よろしく!」
「は?朝飯?」
いきなり飛び出した単語に伝通院はまたしても混乱する。
「俺、腹減っちゃってさー」
「・・・ああ、そうか・・・」
混乱した脳が回答を得て伝通院はやっと天馬の飛躍に追いついた。
しかし、いくら色気のない告白タイムとはいえ、いきなりそれはないだろうというツッコミはまたしても声に出せなかった。
「・・・わかった。何か買ってきてやる」
「よっしゃ」
大きく頷いた天馬はシーツごと立ち上がった。
「あ、そうだ」
ズルズルと歩き出そうとして、不意に天馬は立ち止まる。
「?」
「あのさ、俺は運命だなんて思わねえから」
「!」
絶句するのは朝から何度目だろう、と伝通院は頭の片隅で思った。
まさかあの独り言を天馬が聞いていたとは思わなかった。
「・・・起きていたのか」
魂の抜けたような声で呟く伝通院に天馬はニヤリと笑って見せた。
「あの目覚ましで起きないほうがどうかしてるって・・・でさ、俺もずっと考えてたんだけど・・・なんでお前なんだろうな、って」
「それで答えは出たのか?」
若干の期待を込めて伝通院は聞いた。
自分が考え続けて出せなかった答えを天馬は導き出しているのだろうか。
だが、期待も虚しく天馬は肩をすくめて首を横に振った。
「でも、運命って言葉じゃ片づけたくない。運命なんてグランセイザーだったってだけで充分だろ?それだって、戦うって決めたのは俺だ。そんで、俺が洸を好きなのも俺の意志だ」
実に天馬らしい論理。
理屈抜きの単細胞、と以前の自分なら思ったに違いない。
だが、今はそれこそが天馬の美点だと思う。
そしておそらく自分はそのまっすぐな輝きに魅かれたのだ。
「だから洸もさ、理屈つけるのやめようぜ。理由なんて考えても仕方ねえじゃん。気持ちに正直、これでいいんだって。じゃ、ちょっくら風呂行ってくるわ」
言うだけ言って気の済んだらしい天馬はそう言って踵を返した。
照れ隠しのシーツを引きずったままの歩き方は少々ぎこちない。
その後ろ姿を見つめながら伝通院はフッと笑った。
「・・・敵わんな・・・」
諦めと称賛を込めた呟きは・・・おそらく天馬には届かなかっただろうけれど。
終
全くの蛇足。伝センセ負け負け〜
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